「がんばれ!!タブチくん!!」のエンディングテーマを大滝詠一が作曲していたことなどについて

「がんばれ!!タブチくん!!」という漫画を最初に目にしたのはどこでだったか、よく覚えていない。いしいひさいちが「漫画アクション」に連載していたプロ野球をテーマにしたギャグマンガで、実在のプロ野球選手達が実名で登場する。しかも、作中においてひじょうに失礼な扱われ方をされている場合も少なくはなく、今日ならば肖像権などの問題でなかなか難しいのではないか、と思わされたりもする。

プロ野球をテレビで見ていたのは私の家では子供の頃から父だけだったのだが、少しずつ興味が出てきて、1976年ぐらいから私も見るようになっていた。この前の年から読売ジャイアンツの監督が長嶋茂雄になっていたのだが、一年目は球団史上初の最下位で、一方、広島東洋カープが球団史上初の優勝で赤ヘル旋風が巻き起こっていた。

1978年に王貞治が通算756号ホームランを放ち、世界新記録を樹立した件はスポーツ界を超えてひじょうに盛り上がっていた印象がある。当時、北海道のプロ野球ファンには読売ジャイアンツのファンがひじょうに多かったのだが、私もなんとなくその一人であった。当時の写真を見ると、読売ジャイアンツの野球帽をかぶり、球団ロゴが入ったウィンドブレーカーを着ているものがひじょうに多い。

柴田勲、高田繁、張本勲、王貞治、柳田真宏、土井正三、河埜和正、吉田孝司というのが、当時の読売ジャイアンツのよくあるスターティングメンバーであった。それ以前は5番に末次利光が入っていて、個人的に好きだったのだが、練習中に柳田真宏の打球が目に当たってしまい、その後遺症が原因で引退している。

当時、流行歌やアニメ主題歌、童謡などをオリジナルではないよく知らない歌手が歌っているカセットテープが安価で売られていて、家にも何本かあった。私はそういったシリーズのうち、プロ野球の応援歌を集めたものを買った。「GO!GO!掛布」は阪神タイガースの若手内野手、掛布雅之のことを歌った曲で、私は遠藤良春が歌ったオリジナルのレコードを持っていた。そして、そのカセットで次に収録されていたのが、「行け柳田」である。女性歌手が歌っているのだが、プロ野球の試合がはじまるまえのワクワク感を歌っている一番はまあ良いとして、二番の歌詞に衝撃を受けた。

「一番柴田 二番に高田 三番張本 四番王 五番柳田 六番土井 七番河埜に 八番吉田」

スターティングオーダーをただ読んでいるだけである。これがとても独特なメロディーに乗っているのだ。このカセットで歌っていたのはよく知らない女性歌手だが、オリジナルが矢野顕子だったことを後に知った。作詞は読売ジャイアンツの大ファンで知られる糸井重里あたりかと思ったのだが、矢野顕子自身によるものであった。

それはそうとして、1976年以降、読売ジャイアンツはしっかり強くなり、応援しがいもあったのだが、1978年のシーズンオフにいわゆる江川問題というやつが発生する。江川卓の読売ジャイアンツ入団をめぐるすったもんだであり、いろいろややこしいので説明は省くのだが、結果的に読売ジャイアンツでエース級の活躍をしていた小林繁が阪神タイガースに移籍することになった。読売ジャイアンツの選手がシーズンオフに旭川までやって来てファッションプラザオクノの地下でサイン会をやったことがあり、その時、小林繁に握手をしてもらった。元々、好きな選手ではあったのだが、これでなんとなく読売ジャイアンツに対し良からぬ感情が芽生えはじめ、阪神タイガースを応援するようにもなる。

まったくの余談だが私は有名人のサイン会などというものにあまり行く習慣がなく、この1978年の旭川での読売ジャイアンツの選手達以降、次に行ったサイン会がこの38年後、2016年のタワーレコード錦糸町店で、新潟を拠点とするアイドルグループ、Negiccoであった。マネージャーであり事務所社長の熊倉維仁氏はファンからも熊さんと呼ばれ親しまれているのだが、その時には整理券の回収も自ら行い、順番を待っているファンとも気さくに話していた。私がサイン会に参加すること自体が読売ジャイアンツの小林繁ら以来だということを話すと、熊さんは小林繁と誕生日がまったく同じだという話になり、出会ったのは偶然の運命、無駄なことなんてないね(「さよならMusic」)という気分になった。

そうして訪れた1979年、私は旭川の書店で「がんばれ!!タブチくん!!」のコミックに出会うわけだが、それは第2巻であり、表紙でタブチくんこと田淵幸一選手は西武ライオンズのユニフォームを着ていた。福岡の平和台球場をフランチャイズとしていたクラウンライターライオンズが西武ライオンズに変わり、埼玉の所沢に移転した一年目だった。阪神タイガースとクラウンライターライオンズの間にトレードが発生し、田淵幸一は西武ライオンズに移籍していた。この時、交換トレードによって何人かの選手が移籍をしているのだが、クラウンライターズから阪神タイガースに移籍した選手の一人に、後に監督も務める真弓明信がいた。

「がんばれ!!タブチくん!!」の第2巻を、当時の実家の近所にあった太陽堂書店という小さな書店で買ったのだが、これは面白くて何度も読んでいた。それから第1巻も見つけたのだが、表紙では阪神タイガースのユニフォームを着たタブチくんが涙を流していて、「売約済」と書かれた札が付けられていた。これは酷い。第3巻もその年のうちに出たのだが、当時、旭川の書店に並ぶのは東京に比べてわりと遅かった印象があり、何かの音楽番組の中継で「C調言葉に御用心」を歌う前のサザンオールスターズの桑田佳祐がこの第3巻をカメラに見せびらかしていたことをなぜか覚えていたりもする。

それで、この「がんばれ!!タブチくん!!」は人気がありすぎて、ついにアニメーション映画にもなってしまうのだった。「がんばれ!!タブチくん!!」のコミックは4コマ漫画で、短い話ばかりなのだが、これを繋げてアニメにしている訳である。しかし、やはりこれもまた短いパートがいくつか連なる構成になっていて、それぞれに「1回裏」「2回表」などと共にサブタイトルが付いていた。そして、途中から見ても楽しめる「マルチラウンド・アニメーション」と銘打たれてもいた。実質的には短篇集のようなものだったのだが。

アニメ映画「がんばれ!!タブチくん!!」は1979年11月10日公開、旭川の映画館でもやったので、私ももちろん見に行ったのだった。この時、ホラー映画の「ファンタズム」と二本立てになっていて、無茶苦茶なプログラムだなとは思ったのだが、お金がもったいなかったので「ファンタズム」の方もちゃんと見た。こういうものなのだとずっと思っていたのだが、東京ではけしてこのような公開のされ方はされていなかったらしく、生まれも育ちも東京のライター、初見健一さんにものすごく驚かれた。

この年の秋、沢田研二を主演とする荒唐無稽なアクション映画、「太陽を盗んだ男」が公開され、現在も日本映画史に残るカルトムービーとして高く評価されている。配給は「がんばれ!!タブチくん!!」と同じ、東宝である。これ以外のどこに共通点があるかというと特には無いとも思える訳だが、当時、「がんばれ!!タブチくん!!」のアニメ映画は「太陽を盗んだ男」の製作費補填のために、手っ取り早く稼げそうなコンテンツということで制作されたのだという話もあるようだ。

年が明けると80年代であり、沢田研二は派手な衣装で落下傘を背負い、東京は「TOKIO」でスーパーシティだと歌っていた。作詞はコピーライターの糸井重里である。同じく東京のことを「TOKIO」と歌っていた曲といえば、社会現象的ともいえるテクノブームを起こしつつあったYMOことイエロー・マジック・オーケストラの「テクノポリス」である。細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一というメンバーの名前を、間もなくすぐに覚えるのだが、このうち細野晴臣がかつてはっぴいえんどというバンドをやっていたという話などはこの時点ではまったく知らなかった。

「がんばれ!!タブチくん!!」には引き続き人気があり、5月3日にはアニメ映画の第2弾、「がんばれ!!タブチくん!! 第2弾 激闘ペナントレース」が公開される。オープニングテーマ曲は前作に続き、クレージー・パーティーの「がんばれ!!タブチくん!!」である。岡田富美子による歌詞は、「噂に聞いたパンチ力 どうしちゃったの」「当たりゃでかいが バットは宙を斬る」など、なかなか辛辣である。そして、これを歌っているクレージー・パーティーの正体とは、後にスターダストレビューでデビューする根本要である。

そして、エンディングテーマ曲もやはりクレージー・パーティーが歌っているのだが、前作の「WAOH!」から「がんばれば愛」という新曲に替わっている。この曲を作曲しているのが大滝詠一で、曲調は「A LONG VACATION」の1曲目に収録され、シングルでもリリースされた「君は天然色」にひじょうに似ている。というか、元々は「がんばれば愛」に使うつもりで作られたのだという。

「A LONG VACATION」がリリースされたのはこれから10ヶ月以上も先の1981年3月21日だが、元々は1980年の大滝詠一の誕生日、7月28日に発売される予定だったのだという。作詞を依頼していた松本隆が妹の病気、そして死によって詞を書けなくなり、降板を申し入れるが、大滝詠一は待ち続けると伝えたといわれている。

まだ松本隆の詞を歌っていなかった松田聖子が「青い珊瑚礁」をヒットさせたこの年の夏、旭川ではイトーヨーカドーが開店し、私はオープンセールで「USA」とプリントされたTシャツを買ってもらった。8月に父に東京に連れて行ってもらうことになっていて、その時にはこのTシャツも持って行ったのではないかと思う。後楽園球場で日本ハムファイターズと西武ライオンズの試合を観戦し、本物のタブチくんを初めて肉眼で見た。試合前にはデビューして数ヶ月目の柏原よしえが、デビュー曲の「NO.1」を歌った。当時、日本ハムファイターズには柏原純一選手がいて、名字が同じなので応援するというようなことを言っていたような気がする。

その年の12月13日にはアニメ映画「がんばれ!!タブチくん!! 初笑い第3弾 あゝツッパリ人生」が公開され、エンディングテーマは前作に続き「がんばれば愛」であった。「がんばれ!!タブチくん!!」の映画はこれが最後となった。

この約3ヶ月後に、大滝詠一の「A LONG VACATION」は発売されるのだが、それについては次の機会に書いていきたいと思う。

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