1981年3月21日頃におけるアメリカとイギリスとではヒット・チャートの内容が随分と違っていたということについて。

明け方の4時過ぎまで「魔法の天使クリィミーマミ」(「クリーミーマミ」ではなく「クリィミーマミ」。これ大事)の画像を次から次へと見まくって、その中から良いものを選び出すというような仕事で生計を立てている訳だが、いろいろと心臓がドキドキである。それはそうとして、3月21日の「A LONG VACATION」発売40周年記念日も近いので、引き続き1981年のことについて考えたり思い出したりしているのだが、当時のアメリカとイギリスのヒット・チャートを見ると、そのあまりの違いぶりに驚かされる。今日だと、たとえば昨年のザ・ウィークエンド「ブラインディング・ライト」とかカーディ・Bとミーガン・ジー・スタリオンの「WAP」とかBTS「ダイナマイト」とか、テイラー・スウィフトやアリアナ・グランデなど、アメリカとイギリスとではヒットする曲にそれほど大差はないように思える。ところが、40年前はまったく違っていたということである。

日本では大滝詠一「A LONG VACATION」の発売日であった1981年3月21日はたまたま土曜日であり、アメリカにもイギリスにもこの日付のシングル・チャートが存在する。それぞれの上位20曲を見ていくと、被っている曲が1曲もない。あえて言うならば、アメリカの2位がジョン・レノン「ウーマン」なのだが、イギリスの1位がロキシー・ミュージックによるジョン・レノン「ジェラス・ガイ」のカバーという、この辺りが最も近い。ジョン・レノンはこの前の年の12月、ニューヨークの自宅前で凶弾に倒れ、その悲しみの余韻はまだ続いていたということができる。

この週のアメリカのシングル・チャートを見ると、産業ロックとカントリーが強いなという印象を受ける。たとえば1位はREOスピードワゴン「キープ・オン・ラヴィング・ユー」、3位がスティクス「ザ・ベスト・オブ・タイムス」である。これらの曲を収録したアルバム、つまり「禁じられた夜」と「パラダイス・シアター」はこの年のアメリでかなり売れたレコードとして知られる。

後は後に全米シングル・チャートの1位に輝くドリー・パートン「9時から5時まで」やエディ・ラビット「恋のレイニー・ナイト」をはじめ、カントリー音楽のアーティストによるヒットがひじょうに目立つ。

ドン・マクリーンの「クライング」が5位にランクインしているが、これはロイ・オービソンのカバーである。そして、29位にはJ.D.サウイザーの「憶い出の街」がランクインしているが、J.D.サウザーはこの前の年に、ロイ・オービソンにオマージュを捧げたと思える「ユア・オンリー・ロンリー」をヒットさせていた。この曲は日本でもAORの名曲として知られていたりもするが、大滝詠一はこの曲に「A LONG VACATION」の着想を得たともいわれている。オールディーズのポップ感覚をコンテンポラリーなサウンドで甦らせるというような、そんな感じだろうか。

この週の全米シングル・チャートで私が特に好きな曲といえば、ブロンディ「ラプチュアー」やダリル・ホール&ジョン・オーツ「キッス・オン・マイ・リスト」ということになる。

ブロンディは70年代からニュー・ウェイヴとディスコ・ポップを掛け合わせたような音楽をやっていたり、ボーカリストのデボラ・ハリーがとにかく最高にカッコよかった。「ラプチュアー」においては、まだそれほど一般的にポピュラーではなかったラップの要素を取り入れたりしているところがひじょうに新しく、それでいてコンテンポラリーなポップスとして広く受け入れられるような大衆性もあり、そのバランスが絶妙だなと感じた。

そして、ダリル・ホール&ジョン・オーツの「キッス・オン・マイ・リスト」といえば、まさにピュア・ポップというべき名曲。1980年代の前半、つまり1980年から1984年までの間において、最も多くの全米シングル・チャート1位を記録したアーティストは、このダリル・ホール&ジョン・オーツであった(ちなみに「キッス・オン・マイ・リスト」「プライベート・アイズ」「アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット」「マンイーター」「アウト・オブ・タッチ」の5曲)。一時期は忘れた気にもなっていたのだが、2000年前後のある時に久しぶりに聴いて、やはりとても良い曲だと思ったのであった。そして、個人的な中学生時代の刷り込みも含め、この気持ちはおそらく死ぬまで変わらないのでないか、というような気もしている。

そして、同じ週の全英シングル・チャートを見てみる。アメリカのチャートと比べ、ニュー・ウェイヴの勢いが感じられる訳だが、こういうメインストリームから少し外れた新しめの音楽がアメリカよりもイギリスで受けやすいという傾向は現在まで続いているように思える。

それにしても、この時期のアダム&ジ・アンツの人気はかなりのものだったような気がする。海賊ルックとジャングルビートが特徴で、日本の洋楽雑誌でもよく取り上げられたり、地方都市の中学校においてもそういうのが好きな人達にはものすごく受けていた。この週はアルバム「アダムの王国」からのタイトルトラックが4位にランクインしていた。このアダム&ジ・アンツからの影響を当時の日本で取り入れていたのが、ベテランの沢田研二だったということも忘れてはならない。

ジュリアン・コープが在籍していたティアドロップ・エクスプローズ「リワード」が6位というのも、なかなかすごいことである。このポップ感覚はなかなか貴重だと思うのだが、それに見合うだけの評価がどうもされていないのではないかという気がしないでもない。

そして、ウルトラヴォックスの「ヴィエナ」が7位なのだが、日本では「にゅー・よーロピアンズ」がテレビのCMに使われて、そこそこ売れたりもしていた。中心メンバーのミッジ・ユーロは後にボブ・ゲルドフと共にバンド・エイドの「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」も書く偉大な人である。

トーキング・ヘッズ「ワンス・イン・ア・ライフタイム」が16位にランクインしていて、しかも前の週は14位だったようだ。この曲が収録されたアルバム「リメイン・イン・ライト」は80年代の名盤の一つとしても評価されているが、当時はロックにアフロ・ミュージックの要素を取り入れるのは是か非かというような議論が巻き起こったりもしていたらしい。

あとはスティーヴィー・ワンダーのアルバム「ホッター・ザン・ジュライ」からアメリカでは「疑惑」がランクインしていたが、イギリスでは名バラード「レイトリー」だったり、デュラン・デュラン「プラネット・アース」やザ・ジャム「ザッツ・エンターテインメント」やニュー・オーダー「セレモニー」が入っていたり、ストレイ・キャッツ「ロック・タウンは恋の街」はアメリカよりも先にイギリスで売れたのだったな、ということを思い出したりもした。

そして、アメリカやイギリスでこのような曲がヒットしていた頃、日本では大滝詠一「A LONG VACATION」やイエロー・マジック・オーケストラ「BGM」や沖田浩之「E気持」などがリリースされたのであった。

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