大滝詠一の楽曲がストリーミング配信解禁されると知ったことなどについて。

有楽町にいたのだが交通会館の中にある郵便局で実家に書類を送って、どこかで昼食をとろうなどと考えて歩いていたら、そういえばここは無印良品だったなと思い出したりもした。妻は無印良品が大好きなので、銀座に来るとここでわりと長時間にわたって買物をしていた。その間、私は近くの三省堂書店などに行っている訳だが、その時に買った本がきっかけでNegiccoの音楽を聴くことになったんだよ、ということなどもついでに思い出し、そうあれは確か2016年3月3日のこと、そしてこの日も偶然に5年後のちょうど3月3日であった。いわゆるモータウンビートを用いた日本のポップスについて、最近、思いをめぐらせることがあって、Negiccoの「1000%の片想い(feat. Tomoko Ikeda)」はやはり最高だなと思ったりしていたところだった。当時は真夜中に一人で仕事をしながらちゃんと知りはじめて間もないNegiccoの音楽を聴きまくっていて、この曲のあまりにもポップなメロディーといけもこちゃんこと池田智子のキュートなコーラスについつい涙腺がゆるむ、というわりとヤバめなこともあったのであった。

それはそうとして、Twitterのタイムラインを見たところ、大滝詠一の話題で盛り上がっている様子。なんでも「A LONG VACATION」発売40周年の2021年3月21日に、ナイアガラレーベルからリリースされた全楽曲がストリーミングサービスで配信開始されるということである。これは実にめでたいことである。それで、当日になった瞬間に一斉に「A LONG VACATION」についての文章をインターネットに上げようというような動きに私も即座に賛同したので、それはまた書くのだが、よく考えるとその時間は引っ越し当日の深夜ということになり、バタバタしていること間違いナイアガラ・カレンダーというやつである。でも、やるんだよ。

ところで、エースコックの大盛りいか焼そばが先日、販売を再開したらしいのだが、いまのところどこへ行っても売られていない。一体、どこで売られているのだろうか。

ということはさておき、「A LONG VACATION」である。リリース当時、旭川の中学生で、始まってから3ヶ月目の「ビートたけしのオールナイトニッポン」をはじめ、ラジオはよく聴いていたのだ。それで、「君は天然色」はわりとよく流れていた。このシングルはそれほど大ヒットした訳ではなかったのだが、オリコンの一般人も買える方のウィークリーに載っていたラジオのオンエア回数のランキングでは2位とかだったのではないかと思う。当時、地方都市の中学生でも音楽に詳しい人は知っていたのかもしれないが、私はモテたくて流行っている音楽を聴いているだけの底が浅いミーハーに過ぎなかったため、大滝詠一というアーティストのことはまったく知らなかった。なんだかユニークな歌声の人だな、と思ったのと、サウンドが爽やかで良い感じだなという、ただそれだけである。

少しずつ流行っていき、レコード店でもあのヤシの木やプールのジャケットを目にするようになり、このレコードにあの曲が入っているのだと認知できるようになっていく。この年は寺尾聰が「ルビーの指環」などを大ヒットさせ、それらを収録した「リフレクションズ」がオリコン年間アルバムランキングの1位だったが、その次の2位が「A LONG VACATION」だったというのだからかなり売れたということになる。とはいえ、1位と2位との差はダブルスコアを超えるレベルであった。3位は僅差でオフコース、4位と7位が松山千春で6位が中島みゆきと、時代はまだまだニューミュージックではないかという印象を持たずにはいられない。前の年に「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」の1位をはじめ、年間アルバムランキングの10位以内に3枚がランクインしていたYMOことイエロー・マジック・オーケストラの「B.G.M.」は年間32位で、八神純子よりも1ランク下、伊藤つかさよりも1ランク上であった。

それはまあいいのだが、この年、私は中学校で部活をやっていない生徒が家に帰り着いたぐらいの時間からやっているNHK-FMの「軽音楽をあなたに」という番組で佐野元春の音楽を聴き、これは良いやとすぐに気に入ったのであった。それから、家じゅうの小銭をかき集めたりして、ミュージックショップ国原で当時における最新アルバム「Heart Beat」を買ったのだが、あれはもう本当に擦り切れるまで繰り返し聴いた。その年の秋に大滝詠一がナイアガラ・トライアングル名義で佐野元春、杉真理との3人組でシングル「A面で恋をして」をリリースし、これがそこそこヒットする。翌年にナイアガラ・トライアングルのアルバムが出た時には、高校入試の合格発表があったすぐ後で、自分へのご褒美的な意味合いもあり、札幌に遊びに行っていた。メインは実は日本における1号店であるタワーレコードだったのだが、ナイアガラ・トライアングルのアルバムが出ているのではないだろうかと思い立ち、玉光堂に行って買ったのであった。当時、タワーレコードは輸入盤専門店であり、日本のポップスのレコードを扱っていなかった。

その間に山下達郎の「FOR YOU」が出ていて、これも買ってかなり気に入っていた。これらのレコードというのは、当時における流行の音楽であり、現在でいうところのOfficia髭男ismだとかKing Gnuだとかあいみょんだとかに近いポピュラリティーだったのではないだろうか。私が基本的にメジャーでポップでモテそうな音楽が好きで、マイナーでマニアックでアンダーグラウンドがほとんど好きではないという傾向はそれほど変わってはいない訳だが、もしも「A LONG VACATION」だとか「FOR YOU」だとかが流行っていなかったとすれば、果たして聴いていただろうかというのはひじょうに疑問が残るところである。

この時点で私は「A LONG VACATION」を買っていなかったのだが、ナイアガラ・トライアングルに収録されていた大滝詠一の曲も良かったし、それそろ買うべき頃合いなのではないだろうかと思い、発売から1年後ぐらいにやっと買ったのであった。高校の入学祝いといえばシステムコンポを買ってもらうパターンも当時は多く、私は確かパイオニアのプライベートというやつを買ってもらったのだったと思う。人気のため少し時間がかかるといわれ、やっと届いた。そのステレオで鳴らす1枚目として相応しいと思ったのは、やはり「A LONG VACATION」だった。

私は1982年に発売された大滝詠一楽曲のイージーリスニング風インストゥルメンタルやCMソングを集めたアルバムなどまで買っていたのだが、1984年にリリースされた「EACH TIME」は買わなかった。ここからも、いかに流行に乗っているだけのミーハーだったかということがよく分かる。翌年にカセットで発売されたコンピレーションアルバムは、しかし買っていたのだった。

「A LONG VACATION」について言うと、高校に入学したばかりの頃によく聴いていたのだが、その頃には佐野元春「SOMEDAY」、ポール・マッカートニー「タッグ・オブ・ウォー」などが新作として出ていて、これらも買ってよく聴いていた。「A LONG VACATION」「FOR YOU」「ナイアガラ・トライアングルVol.2」「SOMEDAY」などを愛好するクラスメイトが何人かいて、大滝詠一の名前も日常会話で出たりもしていたのだが、焼そば店の子息だった男子が大滝詠一のことを「おおたけんいち」だと思っていたのは面白かった。

なんらかの打ち上げのようなものが神楽の喫茶店で健全に行われ、生徒会などとは関係がないのに、私も勝手に参加していた。少し良いなと思っていた活発な女子がいて、よく話しかけてくれたので、これはもしかすると脈があるのではないかとこっそり想ってもいたのだが、この日の喫茶店で特定の男子と親し気に話している様子を目にして、これは無いのだと確信をした。しかし、その様子を表面には出さなかった。

家に帰り、家族と夕食を食べても、どこか悲しくて切ない気分がずっと続いていた。ものすごく好きで盛大に振られたのならまだしも、なんとなく良いなと思っていて、無意識にいだいていた淡い期待が打ち砕かれたという場合の方が、地味に効いてくることもあるのだな、ということをマイルドに思い知ったりもしていた。

それで、自分の部屋に戻ってから真っ暗にして、ヘッドフォンで「A LONG VACATION」から「恋するカレン」を大音量で聴いた。

「ふと眼があうたび せつない色の まぶたを伏せて 頬は彼の肩の上」

そんなことが実際にあったのかというと、厳密には無かったのだが、それに近い感覚を味わったという自覚があったので、それを拡大解釈して、大いに悲しみに酔いしれた。

「誰より君を愛していた 心を知りながら捨てる 振られたぼくより哀しい そうさ哀しい女だね君は」

別に実際にそんなことは無かったのだが、あたかもそのような気分をなんとなく味わったというだけで、この曲の「カレン」を彼女に当て嵌めるというどうしようもない感じ。まあ、15歳だったので仕方がないともいえるかもしれないが、これが負け惜しみに過ぎないということは、なんとなく自覚していたような気がする。

私は男性アイドル、堤大二郎のものまねなどをしてお道化ていたため、彼女は私のことを「大ちゃん」などと呼んで面白がっていた訳だが、実は秘かに傷ついていた。というようなことを39年後にグダグダ書いているどうしようもなさ。

大滝詠一の音楽というのは、当時、そのようにも受容されていたということである。3月21日の午前0時に上げるであろう文章には、もう少しましなことを書いていたいのだが、もちろん自身はまったくナイアガラ・ムーン(よしなさいって)。

註)最後の「よしなさいって」というツッコミは、大滝詠一がうなずきトリオ(ビートきよし、松本竜介、島田洋八)に提供した「うなずきマーチ」(1982年1月1日発売、オリコン最高55位)へのオマージュでもある。

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