サニーデイ・サービスに対する個人的な印象の変化などについて。

今朝は下り電車に乗って少し遠いところまで仕事に行かなければいけなかったため、通勤中にアルバムを1枚ぐらい聴く時間があった。それで、サニーデイ・サービスの「東京」を選んだ。

今週、ダフト・パンクが解散したので、そのことについてのブログ記事を書いた。ダフト・パンクで最初に聴いた曲が「ダ・ファンク」で、そういえば明大前で仕事をしていた頃、「ダ・ファンク」という名前のクラブのような店が数ヶ月間だけあったな、ということを思い出し、余談として少し書いた。するとそこに着目してくれたTwitterのフォロワーさんがいてうれしくなった。その場所は以前にはカラオケ屋で、90年代の半ばに会社の人達とよく行っていた。それで、そこでの話を中心にカラオケという文化そのものについての思い出を書いた。それに対する反応によって、かつてサニーデイ・サービスの曽我部恵一が明大前に住んでいたことを知った。2000年にリリースされた「LOVE ALBUM」の内ジャケット写真は明大前の駅前で撮影されているとかで、見てみると確かにあの頃の明大前である。

曽我部恵一が実はかなり長い間、明大前に住んでいたということはファンの人達には有名な話なのかもしれない。しかし、サニーデイ・サービスをしばらくろくに聴いてすらいなかった私にとっては初めて知る事実であった。たとえば名盤と呼ばれているアルバム「東京」は1996年2月21日にリリースされているのだが、その頃といえば私が平日には毎日、明大前まで仕事をするために通っていた時期である。あの頃のあの街に住んでいた人によって作られた音楽がこのアルバムには収録されているのかと思うと、なんだかもっと深く味わえるような気もしたのだ。

ちなみに、「東京」がリリースされた頃の全英シングル・チャートを見ると、バビロン・ズー「スペースマン」やロバート・マイルズ「チルドレン」などがヒットしていたことが分かる。そして、私はサニーデイ・サービスをまったく聴いていなかった。

その理由には、大きく分けて2つあったように思える。まずはそもそも日本のポップ・カルチャーそのものを、ごく一部のアーティストを除いては意図的に遮断している時期だったからというのがある。

そしてもう一つ、嗜好としてなんとなくパンク/ニュー・ウェイヴ的な硬質なものをより好む傾向があり、フォーク/ニューミュージック的なやわらかさややさしさのようなものを拒絶するようなところがなんとなくあった。小学生の頃などは修学旅行の時にも班の人達と松山千春の「旅立ち」などを歌い、なんだか良い曲だなと感じたりもしていたのだが、中学校に入学して少ししてから80年代になると、テクノポップやアイドルや漫才やシティ・ポップが流行りはじめて、フォーク/ニューミュージック的なものは暗くてダサい、過去のものとして乗り越えていく必要がある、というような気分が蔓延していた記憶がある。

日本のポップ・ミュージックの中でも後に「渋谷系」と呼ばれるフリッパーズ・ギターやピチカート・ファイヴなどが好きだったのも、スタイルとしてのパンク/ニュー・ウェイヴ的な感覚であった。サニーデイ・サービスの音楽はおそらく聴いたことはなかったのだが、おそらく雑誌で読んだインタヴューやジャケットアートワークの感じなどから、どこか「渋谷系」のようなものの逆張りで70年代フォークのようなものをやっている印象があった。

「スロウライダー」というシングルがリリースされたのは1999年8月18日で、解散する前の年の夏ということになる。この曲のミュージックビデオを何かで観て、すぐに気に入った記憶がある。それまで勝手に想像していたサニーデイ・サービスのイメージとは少し違っていたということもあるのだろうが、ほぼ同時期にリリースされた深田恭子の「イージーライダー」(プレイグスの深沼元昭が作曲・編曲)と共に1999年の「ライダー」シリーズとしてセットで覚えていた。

ここではない何処かへ行こう、というような感覚はロックにおける一つの典型例の一つとでもいえるような気がするのだが、そういった過去から連なる系譜の最新型というような印象があった。そして、ミュージックビデオにはミラーボールがあるライブハウスのようなところで演奏するサニーデイ・サービスとそれを観る人達が映されているのだが、それが熱狂のライブステージというものではなく、どこかゆったりとしていて自由な感覚が表現されているようでもあるのだった。ここにいる人達はきっととても充実な時間を過ごしているに違いないのだが、ほとんどの人生においてそのような季節は長くは続かないのであり、にもかかわらず当の本人達はそれがやがて終わってしまうのだという現実を忘れているかのように見えもするところがたまらなく良い。

しかし、これをきっかけに私がサニーデイ・サービスの音楽をもっと聴くようになったかというとそんなことはなく、翌年にはバンドも解散してしまった。

90年代は本当に日本のポップ・ミュージックをほとんどちゃんと聴いていなくて、とにかく大好きだったフリッパーズ・ギターと岡村靖幸を除いては、ある時期のピチカート・ファイヴやカヒミ・カリィ、スチャダラパー、TOKYO NO.1 SOUL SET、GREAT 3、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT、ほんの一時期のBLANKEY JET CITYあたりを聴いていただけだったのではないか。流行歌としては、UA「情熱」とか川本真琴「愛の才能」とか好きなものもそこそこあったが、当時、CDを買うほどではなかった。もっぱらイギリスやアメリカのオルタナティヴ・ロックや、一時期はブリットポップ的な音楽を中心に聴いていた。

同じぐらいの時期のバンドでもGREAT 3は聴いていたというか、ひじょうに好きだったのに対し、サニーデイ・サービスはまったく聴いていないし、聴こうとした記憶もない。この違いは一体何だったのかというと、やはりGREAT 3には洋楽的、サニーデイ・サービスには邦楽的なイメージが強かったからではないか、ということになってくる。

ところで、はっぴいえんどはYMOの細野晴臣と「A LONG VACATION」の大滝詠一と松田聖子などに詞を提供している松本隆などがかつて組んでいた伝説のバンドとして知り、大学1年だった1986年に本厚木のミロードの中にあったレコード店で「はっぴいえんど」「風街ろまん」が1枚のCDに収録されたものを買って聴いた。ひじょうに都会的なセンスを感じ、フォークのようだとはあまり思わなかった。

電車に乗って、サニーデイ・サービスの「東京」を聴いた。何年か前に中古CDを買っていたのだが、あまりちゃんとは聴いていなかった。

2016年に新潟を拠点に活動するアイドルグループ、Negiccoの音楽を初めてちゃんと聴いて、どっぷりとハマる訳だが、最年少メンバーのKaedeがサニーデイ・サービス「苺畑でつかまえて」のミュージックビデオに出演しているということだったので、YouTubeで検索して視聴した。サニーデイ・サービスは活動を再開していたのだが、そのことさえ知らない状態であった。ミュージックビデオもとても良かったのだが、それ以上に曲がとても気に入ってしまった。サニーデイ・サービスというのはもっと70年代フォークのような音楽をやっているバンドではないかと思っていたのだが、実に夢見心地なポップスであり、懐かしさもありながらしっかりとコンテンポラリーな楽曲としての強度が感じられるなと思った。

祖師ヶ谷大蔵で過ごした真夏、「DANCE TO YOU」のCDジャケットを見た。一体、誰のCDだろうと思い、よく見るとサニーデイ・サービスのニュー・アルバムらしかったのでとても驚いた。イメージしていた淡い感じとはまったく違い、トロピカルとさえ感じられるものであった。イラストレーターは大滝詠一「A LONG VACATION」と同じ永井博である。日本のシティ・ポップ・リバイバルが盛り上がりはじめたのはこの2016年からだとされているようなのだが、その流れにも乗っているように感じられた。そして、内容がまた素晴らしかった。それで、過去のベスト・アルバムを聴いてみたのだが、とても良い曲がたくさん収録されていて、勝手な先入観などで聴かず嫌いしていたことを後悔した。しかし、こういうのにはおそらく然るべきタイミングがあるのだろうとも思っていたりはする。

季節の中では夏が大好きなので、いろいろなアーティストの夏をテーマにした曲で良いものに出会うととてもうれしくなる。サニーデイ・サービスでいうと、「サマー・ソルジャー」。これは1996年10月25日に発売されていたらしく、夏はもうすでに終わっていたようである。暑い真夏の不活発でありながらも気持ちが盛り上がっていく、恋の気分というものがヴィヴィッドに表現されているようでもあるし、天気や暑さのせいにする陽気な無責任さや真夏の恋は冗談であり重い病いという真実、そして、「そこから先は hey hey hey…」という思わせぶりまで含め、ほぼ完璧ではないかというほどのサマーソング。そして、カラオケで歌いやすいのも良い。聴いている時にはまったくそう思わなかったのだが、いざ歌ってみるとオアシスのバラード曲などに構造的に近いようにも感じられた。

さて、2017年である。人生にはとても耐えることが難しく、そこから立ち直ることは永遠に困難なのではないかと思えるような別離というものが、人によってあったり無かったりはするのだろう。渦中にいた時には、その現実が辛くて悲しくて仕方がなく、とてもしんどい状態がずっと続いていた。サニーデイ・サービスは「DANCE TO YOU」から「桜 super love」をシングルカットした。ジャケットには岡崎京子のイラストが描かれ、背景がピンク色でとても良かった。アルバム収録曲として聴いていた時にそれほどずば抜けて印象に残ったかというとそうでもなかったのだが、とりあえずミックスもアルバムとは違っているようなので聴いてみたのだった。

「きみがいないことは きみがいることだなぁ 桜 花びら舞い散れ あのひとつれてこい」

それはまさに当時の私が最も必要としていたタイプの楽曲であった。真夜中にじっとしていては悲しみに耐えきれず、公園でストロング缶チューハイを飲みながらイヤフォンでこの曲を聴いてボロ泣き、そのような状況に酔いしれていた。その深い悲しみとかいうやつも、8月ぐらいからWHY@DOLLというガールズユニットのライブやイベントに通うようになるといつの間にか消えて無くなっていたのでその程度のものに過ぎなかったというか、WHY@DOLLがそれだけすごかったというか、そこはいろいろな解釈が可能なのだが、とにかく「桜 super love」は当時の日常を少しはましにしてくれた素晴らしい曲であり、聴く度にあの頃の気分を極度に薄めたような感じを思い出すことはまだ何とかできる。

その後に配信のみで最初はリリースされたアルバム「Popcorn Ballades」がまた実験色が濃く、バラエティーにとんだとてもユニークな作品で、特に「泡アワー」などはよく聴いていて、Cornelius「あなたがいるなら」などと共にあの頃の日常のサウンドトラックであった。プロテスト音頭とでもいうべき「FUCK YOU音頭」やアルバム「the CITY」「the SEA」など汲めども尽きぬクリエイティヴィティを感じさせる作品が次々と発表される。メンバーの逝去、そして、新体制となり2020年にはアルバム「いいね!」がリリースされるのだが、ベテランバンドとは思えぬ溌剌とした瑞々しさを感じさせ、それでいて楽曲の質がものすごく高いという驚異的なアルバムであった。ザ・スミスからインスパイアされたとも思えるフレーズやタイトル、新型コロナウィルス禍の世界を予見していたかのような楽曲もあるが、「コンビニのコーヒーは100円で買えるいちばんの熱さ」という歌詞に尾崎豊「15の夜」(1983年)の「100円玉で買えるぬくもり 熱い缶コーヒー 握りしめ」を思い出したりもして、それを当時、ブログにも書いた。サニーデイ・サービスを聴いているようなタイプの音楽ファンにはおそらく尾崎豊のようなものをバカにしているような人達が多いような気がなんとなくしているので、これはほとんどネタとして書いたのだが、やはりサニーデイ・サービスのファンで尾崎豊にまったく思い入れのなかった方がこれをきっかけに聴いてみたところ、意外と良かったという素敵なハプニングが起こったりもしていた。実はその方が今回、曽我部恵一がかつて明大前に住んでいたことを教えてくれた。

「春の風」という曲は「今夜でっかい車にぶつかって死んじゃおうかな」というフレーズから歌い出されるのだが、これにはザ・スミス「ゼア・イズ・ア・ライト・ザット・ネヴァー・ゴーズ・アウト」を思わせるところもあり、究極的に生きている感じというのは死と隣り合わせなのではないかというような逆説とも真実とも取れそうな何かを強烈に意識させられる。

「東京」にははっぴいえんどのような「ですます」調の歌詞や、70年代フォーク的な要素を感じさせる曲もあるが、「恋におちたら」「会いたかった彼女」「あじさい」「青春狂騒曲」などは特に懐古趣味などではない、生活のリアリティーをこのように表現した楽曲なのだな、と感じられるところがある。あの90年代半ば辺りの東京、それも私が平日には毎日通っていた明大前に住みながらこのような感覚の曲が書かれ、聴かれているような現実がパラレルで存在していたのだという情報を知ってから聴くと、また感慨もひとしおである。しかし、当時の感覚からして、やはり私がこのアルバムを自発的に聴くことは無かったのではないかと思えるし、いまだからこそ良いと思えるような気がする。だから、やはりこういうのには然るべきタイミングというのがあるのか。

移動時間がとても長い日だった。午後には上り電車に乗って都心まで行き、仕事の要件が住むとまた下り電車に着き、何日かぶりに明大前でも降りた。サニーデイ・サービスの楽曲が実はこの街で書かれてもいたのだと知ってから、初めての明大前である。移動中、サニーデイ・サービスの作品を初期のものから順番に聴き、1998年リリースの「24時」の途中まで進んだ。1994年の3曲入りEPといって良いのだろうか、「COSMIC HIPPIE」はこれがサニーデイ・サービスかと驚いてしまうような音楽性であった。「AIRPLANE SONG」にはレゲエの要素が取り入れられているし、「PICTURE IN THE SKY」では「LOVE, PEACE, FREEDOM, HAPPINESS」などと歌われてもいる。セカンド・サマー・オブ・ラヴとかマッドチェスターとか、やはりその辺りと共振していたのだろうか。

「若者たち」にはやはり70年代フォークやポップスからの影響が感じられるが、個人的にはよりロック的な「田園風景」という曲がとても気に入った。「東京」では楽曲の質が格段に高まったように感じられるのだが、ボーカルもひじょうに魅力的である。中性的というのとはおそらく少し違うのだが、若者と大人との間の色っぽさというか、そういったものも感じられてたまらなく良い。「愛と笑いの夜」はやはり「サマー・ソルジャー」がとても好きだなと感じたりもするのだが、これと同じ1997年にリリースされたという「サニーデイ・サービス」からまたグッと良い感じになっているように思える。懐かしさも感じさせながらコンテンポラリーな強度というようなところがソングライティング的にもサウンド的にもバチンとハマっているというか、この曲なんか特にそうだなと思ってコートのポケットからiPhoneを取り出して曲目を見ると「NOW」だった。

同時代で聴くチャンスがいくらでもあったにもかかわらず、まるで自分が知らない時代の名盤を聴くようで、しかし、実際にはその時代のしかもかなり近い生活圏にいたのだという事実、なんだかとても不思議な感覚を今日はずっと味わっていた。

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