90年代の明大前にまつわる個人的な思い出について。

高校まで北海道に住んでいて、東京の地名でも渋谷、新宿、銀座、青山、六本木、浅草、池袋、神田ぐらいはまあ知っていたのだが、明大前というのはまったく知らなかった。東京で一人暮らしをはじめ、14インチのテレビで「オレたちひょうきん族」を観ていると、スイス民謡「おおブレネリ」のメロディーに合わせて替え歌のようなものを歌わされるような場面があった。そこで、女性の番組スタッフのような人が「おおブレネリ あなたのお家はどこ? 私のお家は明大前よ 近くに明大があるんです」と歌っているのを聞いたのが初めてだっただろうか。しかし、その時点では何区にあって何線に乗れば行けるのかもまったく知らなかった。

1989年、つまり平成元年から調布市の柴崎で暮らしはじめ、京王線沿線だった訳だが、大学は渋谷で通学には明大前で井の頭線に乗り換える必要があった。それで、明大前ではよく電車を降りていたのだが、乗り換えのために利用していただけで改札の外に出たことはほとんど無かった。一度、1990年の春ぐらいだったと思うのだが、渋谷でいろいろなCDを買って帰宅するため電車に乗ったのだが、やっぱりあれも買っておけばよかったと思ったものがいくつかあり、とりあえず乗り換え駅の明大前で降りて街をぶらぶら歩いているとCDショップがあったのでそこで買った記憶がある。いかにも街のレコード屋さんといった風情の店だったのだが、数年後にはもう無くなっていたのではないかと思う。

1991年のクリスマスイブには恋人がいないボン・ジョヴィファンの女性と新宿スタジオアルタのCISCOで待ち合わせをして、どこか店に入ろうとしたのだがなかなか空いていなく、京王線の明大前で降りて、線路沿いのドイツレストランのようなところでワインを飲みながらいろいろな種類のソーセージなどを食べていたような気がする。あの店もいつの間にか無くなっていた。

電車に乗っているとデス渋谷系などとも呼ばれていた暴力温泉芸者の人と出くわし、おそらくそれほど深くはない会話をしていたと思うのだが、モダーンミュージックというレコード屋に行くのだと言って、明大前で降りて行った。先方はおそらく絶対に覚えていないのだが、キャシー・アッカーやダグラス・クープランドの小説について、軽く話をしたことなどがあった。このモダーンミュージックというレコード店には私も何度か入ったことがあったが、何だかマニアックな雰囲気の店であり、私のような底の浅いミーハーは明らかに場違いであった。それでも、分かっているようなふりをしてよく分からないCDのジャケットを手に取ったりしていた。

1994年に私は初めて正社員として仕事をすることになるのだが、その時の会社が明大前にあった。それでわりと思いでの街だったりもするのだが、現在も週に何度かは仕事で行ったり行かなかったりしている。先日、当時の会社の人達とよく行っていた明大前のカラオケ店や、その跡地にできたのだが数ヶ月と持たずに無くなっていた「ダ・ファンク」というクラブのような店のことなどを回想していた。そうすると、実は当時、サニーデイ・サービスの曽我部恵一が明大前に住んでいたという情報を、Twitterのフォロワーさんからいただいた。少し調べてみたところ、ファンの人達の間ではかなり有名なことのようにも感じた。サニーデイ・サービスのアルバム「LOVE ALBUM」の内ジャケット写真は明大前の駅前で撮影されているということで、その写真を見てみると確かにあの頃の明大前である。

軽く調べてみたところによると、曽我部恵一は1971年生まれで香川県の高校を卒業した後で上京、氷川台に2年住んだ後で明大前に引っ越し、サニーデイ・サービスが解散する頃だというから2000年ぐらいまで住んでいたという。私が明大前の会社に勤務していて、帰りに会社の人達と行ったカラオケ屋で上司と「今夜はブギーバック (smooth rap)」を歌わされたり、植田まさしの4コマ漫画に登場するような風体の先輩がパチンコの景品として手に入れたという小沢健二「LIFE」から「ラブリー」を歌い、「OH BABY」と歌のところで王貞治の一本足打法のジェスチャーをして盛大にすべっていたりした頃とは完全に一致している。

「LOVE ALBUM」の内ジャケット写真だといわれるものを見ると、右端の方に黄色とオレンジの看板のようなものが見えるのだが、これはカレーのC&Cで現在は井の頭線の吉祥寺方面行きのホームにある。ここはたまに昼休みに食べに来た。富士銀行だったところは現在、フレンテ明大前という商業施設で、啓文堂書店やWIRED CAFEなどが入っている。現在、明大前で書店といえばここだが、以前は駅の改札を出て真正面のところにもあった。現在はパンのHOKUOになっている。

あと、確かかなり以前には富士銀行(現在はフレンテ明大前)のところで右折して線路が見下ろせる橋を渡り、真っ直ぐ行ったところにももう1軒、書店があったはずである。現在もあるスーパーAZUMAの少し先で、その間には弁当屋のユーマートがあったと思う。ここでもよく昼休みに弁当を買って食べていた。はっきりと覚えてはいないのだが、現在、油そばの店がある辺りだろうか。

スーパーAZUMAの向かいに現在は牛丼の吉野家があるのだが、かつてはヒグチ薬局だったはずである。AZUMAの2階にはライバルチェーンの松屋があるため、完全に牛丼戦争が勃発しているのだが、うまいこと共存ができているような気がしなくもない。

この吉野家のビルの地下がかつてのカラオケ屋、からの数ヶ月間は「ダ・ファンク」で、その後は居酒屋になっていたと思う。現在は炭火焼鳥の串善になっている。吉野家(当時はヒグチ薬局)を駅の方から見て左折するとすずらん通りなのだが、ここには当時から変わらないところとすっかり変わってしまったところとがある。飲食店がひしめいているのだが、焼肉ソウル苑というところは当時からあったが、その斜め向かいあたりにあった餃子の店(王将だったような気もするしそうではなかったような気もする)はもう無い。この辺りは現在、いまどき風の小洒落たエスニックレストランがあったりもするのだが、昔ながらの定食屋こと相州屋が当時とは変わらない雰囲気を頑なに守っている。

その隣にハナムラ楽器という店があり、傍から見るとなんだかよく分からないような気もするのだが、いろいろな楽器をつくったりしているなんだかすごい店のようでもある。店頭には黄色い紙に手書きで「面白ろい店す!!」「買う、買わないなんて、全然関係ないですよ!!」「自由にひやかして下さい」「さらに興味のある方は親父に気軽に声をかけて下さい」「音を出したり、使用方法も説明いたします」などと書かれたものが貼られている。一度も入ったことはないのだが、以前からずっと気にはなっている。

この通りには沖縄料理の宮古という店もあり、かつては居酒屋として利用して沖縄そばや豆腐ようなどを食べたりもしていた。あと、オウム真理教が経営していたといううまかろう安かろう亭というのもあり、ある朝、出勤しようとすると路上がパトカーや地元の人々でざわざわしていて、なんでもその店の中から何人もの子供がぞろぞろと出てきたという話であった。地元の人がたまたま言っていたことなので、本当だったのかどうかははっきりしていない。現在、ガストがある場所ではないかというような気もするのだが、もしかすると違っているかもしれない。

明大前のガストといえば漫才コンビ、ニューヨークのYouTubeチャンネルで公開されたドキュメンタリー映画「ザ・エレクトリカルパレーズ」で、現ラフレクランの西村真一が当時の相方にコンビの解散を告げた店としても知られている。しかし、それがこのガストなのか、もう1軒の方なのかは定かではない。そういえば、話題の恋愛映画「花束みたいな恋をした」は主人公の男女が明大前で終電を逃がしたことによって出会うところからはじまるらしい。明大前はもしかするとキテいるのかもしれない。

90年代の明大前では甲州街道沿いの神戸ラーメンという店がひじょうに美味しいとされていたが、数年前に閉店してしまった。醤油とんこつのスープだったような気がするのだが、チャーシューがやたらとたくさん入ったメニューなどを食べたりしていた記憶がある。明大前に一風堂ができてから、地域におけるプレゼンスが低くなっていったような気がしなくもない。現在、明大前でおいしいラーメンといえば、あっさりも背脂が入ったこってりもつけそばもいける中華そばきびなのではないかと個人的には思っている。

この中華そばきびというのは駅の改札を出て右折し、すずらん通りの方ではなく、左折して真っ直ぐ歩いて行った先にあるのだが、かつてはこの通りに昔ながらの喫茶店があり、テレビゲームができるテーブルなどもいくつかあった。スパゲティーに種類がひじょうに多いのだが、カレー味のインディアンやソース味の焼きスパなどが印象に残っている。店の名前は忘れたというか、おそらく一度も覚えた記憶がない。あとは広島風お好み焼きの店などもこの通りにあったような気がする。そこから歩いた行き止まり辺りに、わりと大きな古本屋もあったような気もする。

さて、日本のロックの名盤とも呼ばれる「東京」をはじめ、サニーデイ・サービスの90年代の作品はこの街からの影響を少しは受けているような気もするのだが、当時のこの街の空気感をリアルに体感していたことが、それらの作品群をよりヴィヴィッドに感じることの役に立つかもしれないし、立たないかもしれない。

ところがこの時期、私はあらゆる日本的なものにほとほと嫌気がさしてもいたりして、なかなかよく分からない状態でもあったりはした。ブリットポップを聴きまくって、「NME」「メロディー・メイカー」「SELECT」「THE FACE」「i-D」といったイギリスの雑誌を読みまくり、日本語にはなるべく触れないというような偏った生活を送っていた。それでもサニーデイ・サービスのことは何となく知っていて、音楽そのものは聴いたことがなかったのだが、「渋谷系」に対する逆張りなのか何なのか、70年代のフォーク的な音楽をやっているいまどきのバンド、というような認識があった。それで当時は聴かず嫌いしていたのだが、たまたまテレビで映像を観た「スロウライダー」はなぜかやたらと好きだった。

2016年に新潟を拠点として活動するアイドルグループ、Negiccoを初めてちゃんと聴くやいなやどんどんハマっていった訳だが、サニーデイ・サービスのミュージックビデオに最年少メンバーのKaedeが参加しているという情報を知った。その時点で、解散したサニーデイ・サービスがまた活動を再開していたことさえ知らなかったのだが、その「苺畑でつかまえて」を聴くと、やたらと良かった。そして、この曲を収録したアルバム「DANCE TO YOU」も最高。それから過去のベスト盤などを聴くことによって、実はこのバンドはとてつもなく素晴らしいのだということも少しずつ感じていった。そして、「桜 Super Love」にはタイミングよく、個人的に最悪な時期をなんとか救ってくれたという記憶もある。

それ以降のサニーデイ・サービスの音楽はほとんどすべて気に入っているのだが、いずれ90年代のオリジナルアルバムも1つずつちゃんと聴いていこうかとも考えていたのだった。このタイミングであの頃の明大前に関係があった、というか住んでいたということを知り、その楽しみも何倍にかなるのではないかとも感じた。

変わっているところもあるが、変わらないところも意外と多い、いまどき学生街という言葉がなんとなく似合う街である。実際に学生が多いというのもあるのだろうが、街全体にそのようなムードも感じる。好きなのかそうでもないのかいまひとつよく分からないのだが、実は意外と良いのではないかというような気がなんとなくしてきてもいる。

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