近田春夫、下井草秀「調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝」を読んだ感想のようなものについて。

「調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝」という本が出ることをTwitterのタイムラインで知って、これは面白いに違いないと思った。近田春夫の熱心なファンという訳でもないのだが、振り返るとレコードやCD、本などを結構買っていた。そして、リアルタイムで体験した日本のポップ・ミュージック史の様々な局面で重要な役割を果たしていたような気もする。しかも、その活動は多岐にわたり、芸能界と音楽界、超メジャーとアンダーグラウンドとの間を行き来していたかのような印象もある。

その自伝ともなればある視点からの日本のポップ・ミュージック史というか、昭和史、平成史ですらある訳であり、面白くなることは間違いない。ということは一気に読み終えてしまいたい欲求に駆られることは想像に難くなく、中断させられることにストレスを感じる可能性はひじょうに高い。2月前半までは個人的にいろいろバタバタとする案件もあったため、それが一段落したら読もうとなんとなく考えていた。先日、渋谷に行った時に、かつて渋谷ロフトのWAVEがあった場所にあり、3月にはまた移転することが決まっているという紀伊國屋書店でこの本を見つけてしまい、手に取って中をパラパラ見てみたところ、この時点でもうすでにかなり面白い。これはいま買ってはいけないと、じっと我慢の子であった(ボンカレー)。

それはそうとして、矢沢永吉のライブで一斉にタオルを上空に放り投げるがごとく「止まらないHA~HA」な案件を佐野元春がいうところの「イタミのBOMB」であるかのように抱えたままであったとしても、やがてピースフルな休日が訪れたので堂々と購入して読んだ。そして、案の定、電車での移動中も含めほとんどノンストップで読み続け、数時間後には読み終えていた。いや、これはとても素晴らしい本である。

近田春夫の半生が面白い話の宝庫であることは間違いなく、それだけでも面白くなる要素には事欠かないのだが、そのまとめられ方というかパッケージのされ方がこれ以上ないのではないか、というようなものになっていて、読みやすいしどんどん頭に入ってくる。巻末にまとめられているように、登場するアーティストやバンド、著名人の名前も質量ともにすさまじいものがあり、読む前に想像していたある視点からの日本のポップ・ミュージック史であったり、ある意味における昭和史、平成史にもなっているのではないかという、まさにそういうものでもあるのだが、その濃度たるや期待を遥かに上回るものであった。

これだけの人名やそれにまつわる貴重な証言が記録されているのだから、註釈があればもっと資料的価値が高く、より分かりやすくなったのではないかというところもあったのではないかとも思うのだが、やはり付けなかったことがむしろ良かったのではないかという気がしている。なぜなら、この本の魅力の一つはそのスピード感、読みながらあたかも近田春夫がしゃべっているのを聴いているかのような感覚になれるところだと感じるからである。註釈などが付くと、当然、気になったものはその場で読んでしまうので、スピードが削がれる。話の内容の面白さを最大限に生かして書籍化するにあたり、これがベストな方法だったのではないか、と思われる。

それでもどうしても気になる人名やワードなどについては、自分で調べる。今回、この本を読んでいる間に私にもそういった場面が何度か訪れ、なるほどそういえばそうだったとか、これはそういうことだったのか、とか註釈が付いていてそれを読んだだけと仮定するよりも奥深い楽しみ方ができたように思える。

近田春夫の作品や仕事には断片的に浅く接していたり、一時的にそこそこディープに感化されたりということを繰り返していて、点で把握しているようなところがあったのだが、それが一つの線として認識でき、さらには日本のポップ・ミュージックであったり社会の歴史の中でどういう関係性にあり、それをそれぞれの時期において様々な受け止め方をしていた当時の自分自身の状況やそれらがあたえた今日への影響など、いろいろな面において刺激されながらとても楽しく読むことができた。

そして、基本的にポップでメジャーで明るいものが好きという自分自身の趣味嗜好の特徴というのは、もしかすると近田春夫からの影響という部分が少なからずあるのでは、とも思えた。とはいえ、それでも私はまだ暗くて生真面目なものもわりと好きで、そういったところも含めて、この本の中ではフォーク、佐野元春「VISITORS」、デ・ラ・ソウルやア・トライブ・コールド・クエストについての言及が興味深かった。

個人的には小学5年の頃にラジオの深夜放送を聴きはじめ、その年の秋から「近田春夫のオールナイトニッポン」がはじまった。歌謡曲を次から次へとかけながら、それについての感想をしゃべりまくるという内容であった。歌謡曲を批評的に聴くことの楽しみを初めて知ったのは、この番組によってであった。「きりきり舞い」「ロキシーの夜」はこの番組で聴いていたと思う。よく分からない企画盤のようなものもたくさん紹介されていて、かなり面白かった。その後、2部から1部に昇格するのだが、コッペとのパーソナリティー2人体制になってから独特な濃度が薄まったような印象があり、あまり聴かなくなった。

1980年ぐらいに鈴木ヒロミツが司会をする「HOT TV」というテレビ番組が日曜の昼に放送されていてかなり好きだったのだが、それに近田春夫&BEEFが出ているのを観たことがあり、そのBEEFがジューシィ・フルーツでテクノブームの最中に「ジェニーはご機嫌ななめ」をヒットさせる。この年は漫才ブームが爆発してもいて、翌年の元旦にザ・ぼんち「恋のぼんちシート」が発売されると大ヒット、同じ日にはじまった「ビートたけしのオールナイトニッポン」でパクリ疑惑が面白おかしく取り上げられたりもする。田原俊彦、松田聖子のブレイクによるアイドルポップスの復権というのもトピックではあったのだが、田原俊彦のデビュー・アルバムには「田原と近田春夫のパンク・ジョーク」なるトラックが収録されていたり、同じ年にデビューして後にベスト10の常連となる柏原よしえ(後に柏原芳恵に改名)にシングル曲「乙女心何色?」を提供していたりもする。

1983年だったと思うのだが、適当な時間帯にテレビをつけていると近田春夫&ビブラトーンズのライブ映像が流れ、「地球の片隅で(砂漠編)」の新しさとオリジナリティーに度肝を抜かれた。旭川のミュージックショップ国原でこの曲が収録された4曲入りEPというのかミニ・アルバムというのか、とにかく「VIBRA ROCK」とういうレコードを買った。12インチなのに45回転というのが、当時としてはまだ新しかったような気がする。その内容がまた実にカッコよく、「区役所」「恋の晩だな」などをヘッドフォンで聴きながら、一人で部屋の中で踊り狂っていた。しかし、「区役所」のタイトルの由来はなるほどそういうことだったのか、と今回この本で初めて知った。

1979年にリリースされていたアルバム「天然の美」が確か1984年ぐらいに再発されて、母に買ってきてもらったことがあった。社会現象化する前のYMOことイエロー・マジック・オーケストラをアレンジで起用した「エレクトリック・ラブ・ストーリー」、AORのような雰囲気がたまらなく良い「罪なレディ」などが特に好きだった。

1985年に高校を卒業、東京で一人暮らしをはじめて間もなく、映画「星くず兄弟の伝説」が公開された。この映画の原作となったアルバムはジャケット写真が女性週刊誌の表紙のパロディーになっていて、これは当時、旭川のミュージックショップ国原でもわりと良い場所に陳列されていたような気がする。この映画のことは「宝島」で読んで、面白そうだと感じたので巣鴨の西友の中にあったチケットセゾンで前売券を買って、ステッカーをもらった。この映画を観るために生まれて初めて新宿の歌舞伎町に行ったのだが、あの街のどこか猥雑な雰囲気と、映画や観客のサブカルチャー的なセンスに東京を強烈に意識させられた。この映画はかなり好きになり、フォトブックのようなものやサウンドトラックのレコードも買った。DVD化された時にもすぐに買って、いまでもたまに観ることがある。

翌年、大学に入学するのだが、RUN D.M.C.の「ウォーク・ジス・ウェイ」がヒットして、ヒップホップがメインストリームに進出しはじめる。しかし、日本ではまだまだマイナーで、そもそも日本人には無理なのではないかとも思われていたのではないか。佐野元春の「VISITORS」は渡米した時に現地のヒップホップに感化された作品ではあって、ものすごく売れたしファンの間で賛否両論があったりと話題にもなったのだが、ひじょうにオリジナリティーが高く、孤高の一枚という印象ではあった。そして、近田春夫がプレジデントB.P.M.名義でラッパーとしてデビュー。「MASSCOMMUNICATION BREAKDOWN」の12インチ・シングルは大学の帰りに本厚木のすみやで買った。芸能人のスキャンダルばかり追いかけて本当のタブーを追求しないマスコミと、それを成り立たせている一般大衆をも批評したかのような内容、さらにアイドルだって人間なのだから性欲だってあるしお金も欲しいというようなメッセージ、34年以上経った現在でも有効というのはこの翌々年にリリースされたパブリック・エナミー「ファイト・ザ・パワー」などともいえることで、楽曲やアーティストが素晴らしいというべきか社会がしょうもないというべきか、おそらくどちらも真実なのではないかと感じる。

あと、「Hoo! Ei! Ho!」が尾崎紀世彦「また逢う日まで」だということは初めて聴いた時からすぐに分かったのだが、「MASSCOMMUNICATION BREAKDOWN」のホーンセクションについて、この本を読むまでまったく気付いていなくて、この本を山手線の中で読んでいて、あー確かにこれはそうだ、どうしていままで気がつかなかったのだろう、となった。

音楽ソフトの主流がアナログレコードからCDに切り替わるにつれ、CD化での再発も盛り上がっていくのだが、ビートルズ「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」という当時、ポップ・ミュージック史における最高傑作と呼ばれていたアルバムもCD化されてすぐに買って聴いたのだが、確かにすごい作品という気はするものの、いま一つノリ切れない部分もあり、自分の感覚はどうかしているのかと思っていたところ、「ミュージック・マガジン」だったか「レコード・コレクターズ」だったか忘れたのだが、このアルバムの特集で近田春夫が私が感じていたのに近いようなことを書いていて、これでいいのだと思ったこともあった。あと、ジョージ・マイケルの「FAITH」だったような気がするのだが、ソウル・ミュージックやR&Bを換骨奪胎している的な意味合いで「ミュージック・マガジン」の界隈では評判が悪かったような気がするのだが、近田春夫は単純にカッコよくて良い、というようなことを書いていて共感していたような印象もある。

そして、1988年にはあの大好きだった「VIBRA ROCK」が遂にCD化、しかも、アルバム「ミッドナイト・ピアニスト」と未発表曲「たんぽぽサラダ」も一緒に収録された「ビブラトーンズFUN」という最高のコンテンツが発売された。しかも、これがプラスチックスの初CD化と確かほぼ同時期だったと思うのだが、とにかく最高で聴きまくっていた。いわゆる都会の遊び人の日常とでもいうべきものを描写したポップスというのは、ありそうでなかなか無かったような気もして、これを80年代の初期の時点でやっていたというのはやはりすごいと感じたのであった。

翌年には、小泉今日子の「Fade Out」である。この曲は当時、ポップ・ミュージック界のトレンドの一つであったハウス・ミュージックをアイドルポップスに取り入れたという点において画期的だったのだが、その上でちゃんと歌謡曲的なクセの強さのようなものが残っているところがすごいと感じさせられた。2016年にECDのDJで聴いて、やはり良い曲だなと再認識したのだが、この曲の背景についても語られていてとても良かった。

その後、人力ヒップホップバンドとでもいうべきビブラストーンが結成され、これも好きでよく聴いていたし、90年代後半には週刊文春に連載されていた「考えるヒット」も楽しく読んでいた。アイドルオーディション番組の「ラストアイドル」というのはまったく観ていなかったのだが、たまたま近田春夫がプロデュースしたグループのパフォーマンス映像だけ流れてきて視聴したことがあるのだが、そのポップな批評性とでもいうようなものが近田春夫らしくてやはり好きだなと感じたのであった。

「調子悪くてあたりまえ」というのはビブラストーンのアルバム「エントロピー・プロダクションズ」に収録された曲のタイトルではあるのだが、特にいま現在のようなご時世、この世の中を陽気でタフに生きていく上で有効かつ肝心な心構えでもあるように思え、この本の中にはそのようなエッセンスも含まれているような気がする。

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