1990年代に起こったバブル崩壊の印象について。

2021年2月現在、新型コロナウィルス禍の影響で株価が上がり、現実とは乖離した株価バブルが生じているという。そして、これはやがて崩壊する宿命にあると思われることから、平成のバブル崩壊のことが話題に上がったりもしているようである。

バブル崩壊と呼ばれる景気後退期は1991年3月から1993年10月までとされているようなのだが、当時の一般大衆がこれを認識したのはそれよりも少し遅かったともいわれている。

バブルの象徴としてマスコミ等からよく取り上げられる印象がある東京都港区芝浦にあった大型ディスコ、ジュリアナ東京が開業したのは1991年5月15日、バブル崩壊はもうすでにはじまっていたようである。ジュリアナ東京といえばお立ち台と呼ばれるステージの様なものの上に、ワンレン、ボディコンと呼ばれるファッションの女性たちが上り、ジュリ扇と呼ばれる扇子を持って踊っている姿が思い出される。

とはいえ、それはおそらくテレビの報道で観た映像によるもので、私自身がジュリアナ東京に行ったことは一切ない。とはいえ、ジュリアナ東京の盛り上がりを間接的に感じたような経験はあり、それは当時、契約社員として勤務していた六本木のCDショップでジュリアナ東京のCDが飛ぶように売れていたことによる。段ボール箱に入ったCDがものすごい勢いで売れていき、あっという間に無くなっていった。多くの購買者の目的は、CDに封入されていた入場券だったとも思われる。

このCDの正式タイトルは「ジュリアナ TOKYO テクノ・レイヴ・パーティー」で、発売されたのはジュリアナ東京がオープンしてから約9ヶ月後の1992年2月21日である。六本木のCDショップでは飛ぶように売れていたのだが、オリコン週間アルバムランキングでの最高位は43位とそれほど高くはない。地方ではあまり売れていなかったのではないかというような気が、なんとなくする。

CDに付いていた帯には「オープン以来、日本中の注目の的となっているディスコ ジュリアナTOKYO 華やかで開放的な雰囲気の中、派手なテクノ・ハウスで連日数千人が踊り狂う- 一体、何が彼らをそうさせるのか- ”JULIANA’S TOKYO” その魅力をこの1枚に凝縮!」というコピーが印刷されている。定価は税抜き価格が2,913円、消費税はまだ3%だったので、税込み価格が3,000円となっている。

このCDのタイトルからも分かるように、ジュリアナ東京でかかっていた音楽はテクノ・ハウスというものだったようである。テクノという音楽ジャンルは1980年代初頭、YMOことイエロー・マジック・オーケストラを中心としたテクノブームの頃に世に広まったが、ブームの終焉と共に長らくあまり使われなくなっていた印象がある。

1991年にクラフトワークのリミックスCDのようなものが売れていた頃、「remix」という雑誌でテクノという言葉が使われているのを見て、世の中ではまたテクノという言葉が使われるようになっているのだ、と感じたことをなんとなく覚えている。当時、フジテレビで金曜の深夜に放送されていた「BEAT UK」はイギリスのヒットチャートを紹介したりする番組だったが、そこでもテクノと呼ばれるような音楽がたくさんランクインしていた。

それ以前にハウス・ミュージックというのが1980年代後半から流行していて、たとえば「ミュージック・マガジン」などでも最新型のダンス・ミュージックとして紹介されていたような印象がある。テクノと呼ばれるようになる音楽はそこから派生していったような印象もあり、日本のテクノユニット、電気グルーヴがメジャーデビューしたのが1991年2月1日である。この頃、ハウス・ミュージックの要素をインディー・ロックに取り入れたジーザス・ジョーンズ、EMFのようなバンドや、The KLF、808ステイトといったテクノユニットがメインストリームでもすでにかなり売れていたような記憶がある。フリッパーズ・ギターがダンス・ミュージックの要素を取り入れたシングル「GROOVE TUBE」をリリースするのがこの年の3月20日で、その動きはやはりインディー・ロックにダンス・ミュージックの要素を取り入れたプライマル・スクリームなどとも共振していたように思える。

しかし、ジュリアナ東京に行ったりCDを買ったりしていた層というのは、上記のようなテクノやハウスやそれらの要素を取り入れたインディー・ロックを聴いていた人達とはかなり異なっていたのではないだろうか。「ロッキング・オン」のライターがジュリアナ東京に行ってその様子をレポートするという企画があったと思うが、ひじょうにネタ的な要素が強かったような気がする。ジュリアナ東京的な価値観からは程遠いと思われがちなライターがいざ行ってみると、意外にもとても楽しかったというような内容だったと思う。

1991年の「NHK紅白歌合戦」ではロックバンドのHOUND DOGが選出されていたが、1985年リリースのヒット曲「ff(フォルテシモ)」の演奏を希望するNHKと新曲を演奏したいバンドとの間で対立が起こり、結果的に出場を辞退することになった。代わって選出されたのが、1990年リリースのシングル「WON’T BE LONG」が長い時間をかけてヒットしていたバブルガム・ブラザーズである。80年代のテレビっ子にとっては「お笑いスター誕生」で警官コントをやっていた小柳トムと「ヤンヤン歌うスタジオ」であのねのね等とコントをやっていた近藤伸明とによって結成されたデュオというイメージもあった。メンバーのうちの一人が中学校の同級生だったとかで、佐野元春のライブのオープニングアクトを務めていた印象も強い。

この曲はリリースから半年以上経過した1991年3月30日に放送された「オールナイトフジ」の最終回で、とんねるずの悪ふざけ的なノリもあり、しつこいぐらいに何度もかかっていた印象があり、私などもそれによってこの曲を覚えたぐらいであった。実際にこの日の放送を観て曲名を問い合わせる電話がフジテレビには殺到してもいたらしく、これがヒットのきっかけになったともいえる。

六本木にあったCDショップでの仕事終わりに、正社員の人達にカラオケに連れて行ってもらった。カラオケボックスではなくカラオケスナックのようなものであり、歌いたい曲名と自分の名前を書いた紙を店員に渡し、順番が来ると呼ばれて知らない人達が大勢いる前でステージに立って歌うという、当時は当たり前のシステムであった。私はチェッカーズの「NANA」か「I Love you, SAYONARA」辺りを歌ったのではないかと記憶している。当時のカラオケといえばある程度の国民的ヒット曲に限られていた印象もあり、いくら好きだったといってもフリッパーズ・ギター「恋とマシンガン」や岡村靖幸「カルアミルク」を歌おうなどという発想はまったく無かった。とはいえ、それほど頻繁にカラオケに行っていたわけでもないので、実際のところどうだったかは定かではない。

そこで、いかにもお調子者といったムードを漂わせた若手サラリーマン2人組がステージに上がり、曲はバブルガム・ブラザーズの「WON’T BE LONG」であった。当時の多くの面白若手サラリーマンが醸し出していた類いのとんねるず的なノリの良さをトレースしていたような印象がある。あの景気の良いイントロに乗せて、そのうちの一人がマイクで「HOUND DOGのおかげで紅白出れました!」と言っていた。あれはどういったスタンスでの誰に向けたパフォーマンスだったのだろうか。ものまねにしてはコンセプトが甘く、その体を成していなかったとは思うのだが、後にレディオヘッドのトム・ヨークが「クリープ」で歌う「I don’t belong here」という感覚をこの時に味わった。後にといっても、実はなんとたった約1年後のことなのだが。

バブルガム・ブラザーズはすっかり売れっ子になっていたので、六本木のCDショップにも販促用のスタンドなどが届く。それをレジカウンターの上に置いていたのだが、何かの拍子でそれが倒れ、下に落ちてしまった。それを見ていたニュー・ウェイヴ好きの女性正社員が「バブルの崩壊?」と言って、笑いが起こった。つまり、「バブルの崩壊」というフレーズはこの時点でもうすでにわりとポピュラーになっていたということである。彼女とは恵比寿で一度だけ一緒に食事をしたような気がする。

1992年にはもつ鍋がブームになり、この年の「日本新語・流行語大賞」で「新語部門」の銅賞に選ばれている。ちなみに金賞が「ほめ殺し」、銀賞が「カード破産」、「年間大賞」は「きんさん・ぎんさん」である。ここで「カード破産」が「新語」として選ばれているわけだが、ここにもバブル崩壊の影響があらわれているように思える。

当時、もつ鍋の店が中目黒にたくさんあるといわれていて、六本木のCDショップでの仕事が終わった後で、何人かで食べに行ったことがある。ワンレン、ボディコンの女性が髪をかき上げてもつ鍋をつついたりしていた。これはバブル期に福岡で流行したものが東京に入って来たものといわれているのだが、当時はバブル崩壊で不景気なので、安いがおいしくて栄養があるもつ鍋がブーム、というような感じがあったようにも思える。

バブル景気の話になると、当時の一般大衆がバブル崩壊を認識できたのはもっと後のことであり、景気後退期である1991年3月から1993年10月辺りにおいては一般大衆にバブル崩壊のイメージは無かった、自分達はその時代を生きていたから知っているし間違いがない、というようなことを声高らかに訴えるだけならばまだしも、見解が異なる意見に対してだる絡みするケースを見かけるような気もするが、1992年辺りの時点でバブル崩壊、不景気の印象は一般大衆にも広く共有されていたような印象もある。知らんけど。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。