ローリング・ストーンズ「アンダーカヴァー」について。

ローリング・ストーンズのアルバム「アンダーカヴァー」がリリースされたのは、1983年11月7日らしい。私が修学旅行の東京での自由行動の時間を利用して行った、11月18日にオープンしたばかりの六本木WAVEにはまだ入荷していなかったと思われる。その時に買ったレコードのうちで比較的新しかったと思えるジョン・クーガー・メレンキャンプ「天使か悪魔か」が1983年10月23日リリースということなので、当時はまだ現地での発売から日本のレコード店に入荷するまでの間にタイムラグがそこそこあったということなのだろうか。

それはそうとして、当時、私はローリング・ストーンズのことが相当好きだったはずなのだが、このアルバムを買ったのは少し遅れてからであった。それでも、遅くても翌年の正月までには買っていたのではないかと思う。修学旅行の時に修学旅行で当時の私にしてはレコードを買いすぎてしまったことが原因の一つであった。先行シングルの「アンダーカヴァー・オブ・ザ・ナイト」はラジオからカセットテープに録音してよく聴いていたが、当時はまだそれほどメジャーではなかったヒップホップの要素を取り入れた斬新なサウンドが印象的であった。当時の「ミュージック・マガジン」のクロス・レヴューを見ると、中村とうようと大鷹俊一が大絶賛して高橋健太郎がまあまあの反応という意外性のない結果となっている。

しかし、その後、このアルバムは正統的なローリング・ストーンズのファンからはあまり評価されなくなっていった印象もある。私などはミーハーのお調子者なので単純にこういうヒップホップを取り入れたのとかがカッコいいとお盛り上がってしまっていたのだが、ローリング・ストーンズの真髄はロックンロールであることを考えると確かに邪道である。その上で、それでも「アンダーカヴァー・オブ・ザ・ナイト」は結構良いのではないか、ということはなんとなく思っていて、それでもあくまでローリング・ストーンズの楽曲の中ではきわめて邪道なのだと、そのような認識はしっかりとある。

ロックのアルバムを何か一枚といわれれば、まったく何の迷いもなくローリング・ストーンズの「メインストリートのならず者」だと答えるし、ロックというジャンルにおいてはあれを超えるものはないのではないかと心底信じているというか、それはいわゆるコモンセンスというか一般常識というか最低限の教養というかそのような認識があり、その上でたとえばある時期の日本のロック・ジャーナリズムにおけるあまりにもローリング・ストーンズ的なものを神格化して、新しいロックをあまりちゃんと取り上げていないような風潮に不機嫌になって、森高千里の「臭いものにはフタをしろ!!」におけるローリング・ストーンズに心酔する「知らない男」をディスるような内容に爽快感を覚えたりもしていた。

初めて買ったローリング・ストーンズのレコードは「刺青の男」であり、それは当時流行っていたこととお年玉がまだ少し残っていたからなのだが、当時、買って聴いていたREOスピードワゴン「禁じられた夜」、スティクス「パラダイス・シアター」、ジャーニー「エスケイプ」、フォリナー「4」などに比べるとちょっと内容が渋すぎてよく分からないな、という感想を抱いていた。それもそのはずであり、それまで私が買って聴いていたのは渋谷陽一がいうところの産業ロックであり、ローリング・ストーンズこそが本物のロックンロールだったからである。そして、何度も聴いていくうちにその良さは段々分かっていって、それまで好きで聴いていた産業ロックがつまらなく思えていった。

新作ばかりではなく昔のロックも聴いた方がなんとなくカッコいいのではないかというしょうもない理由で何かを聴こうとするのだが、やはりビートルズとローリング・ストーンズが良いのではないかということになっていく。ビートルズは優等生でローリング・ストーンズは不良というようなひじょうに大雑把な比較のようなものが当時の日本の洋楽ファンの間にはなんとなくあったような気がするのだが、ビートルズの曲が教科書に載っていたり、学級にいたビートルズファンの男がポピュラー音楽は基本的にくだらなくクラシック音楽こそ聴く価値があるがビートルズだけは例外的に良い、というようなことを言っているようなまったくもっていけすかない人物だったこともあり、ローリング・ストーンズの方を聴いていくことになる。レコード店で無料で配られていたロンドンレコードの小冊子のようなものを見ていると、ますますこれはかなりカッコいいのではないかと思えてきた。それで、60年代と70年代のベスト・アルバムも買って、これはかなりカッコいいのではないかと思って聴いていたり、1981年のライブツアーを映画化した「レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー」を観に行ったりもしていた。あと、ひじょうに限りなくダサかったのは旭川の市街地で女の子と待ち合わせをする際に、ミュージックショップ国原のローリング・ストーンズのコーナーを指定していたことである。一体、何がしたくてどう見られたかったのか理解に苦しむところではある。

私は今日の日本でストーンズといえばローリング・ストーンズではなく、SixTONESのことだろう、という側に常に属していたいタイプの人間ではあるのだが、たとえばローリング・ストーンズの最高傑作は「アンダーカヴァー」というような暴論ないしは渾身のネタとしか思えなかったものが、もしかして本気と書いてマジなのかもしれないと感じた時に、いやいやそりゃないぜセニョール、とならざるをえないところに絶妙なバランス感覚を自覚し、普段はそれほど意識することがないその存在の偉大さを実感させられるのであった。

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