GO-BANG’S「Bye-Bye-Bye」について。

GO-BANG’Sのシングル「Bye-Bye-Bye」は1991年2月21日にリリースされ、オリコン週間シングルランキングで最高19位を記録した。その週の上位には小田和正「Oh! Yeah!/ラブ・ストーリーは突然に」、KAN「愛は勝つ」、沢田知可子「会いたい」などがランクインしていた。「ビデオあなたが主役」というバラエティ番組エンディングテーマでもあったようだが、これについてはまったく覚えていない。

GO-BANG’Sは80年代にデビューした女性3人組のバンドで、札幌出身だということはなんとなく知っていた。「宝島」などにもよく載っていた印象である。「チキチキバンバン」のカバーをレパートリーにしていたり、オリジナル曲にもコミカルな印象がわりと強かったのだが、それほど入れ込んで聴いていたというわけでもなかった。1989年の暮れにリリースされた「あいにきてI・NEED・YOU」はアルペンスキーのCMに起用されたこともあり、オリコン週間シングルランキングで最高2位のヒットを記録した。

真夜中にテレビをつけると萩原健太とおそらく光岡ディオンが司会をする音楽番組が放送されていて、その中でこの曲のミュージックビデオが流れた。GO-BANG’Sに特に強い思い入れがあったわけでもないのだが、この曲やビデオがとても良くてなんだか泣けてきたのであった。

よく良い音楽を聴いて泣けてくるというようなことをいうのだが、私の場合、それは心の中で泣いたような気分になっているというぐらいの意味でしかなく、実際にはたから見て誰の目にも明らかなように、涙を流して泣くということはなく、自分自身はそういったタイプの人間なのだとずっと思い込んで生活をしていたのだが、このビデオを観ていた時には本当に涙がこぼれてきたので驚いた。この曲よりももっと好きだったり良いと思う曲はたくさんあるのに、どうしてこの曲だけが私を泣かせたのかについては現在もよく分かってはいない。それだけに個人的にとても特別な曲でもあった。

この曲はアルバム「サマンサ」に収録されていたのだが、この作品は当時、ポップ・ミュージック界の流行の発信地ともいわれていたイギリスのマンチェスターでミックスダウンされたことでも話題なっていた。同じぐらいの時期に電気グルーヴのメジャーデビューアルバム「FLASH PAPA」がマンチェスターでレコーディングされ、これにはテクノという音楽性もふまえ必然性があるように思われたのだが、GO-BANG’Sは一体どうなんだ、という話があったり無かったりしたような気もしないではない。

この曲はその後、それほど話題になったり再評価されたりしているような感じも私が知っている限りではなかったので、個人的には好きなのだがなかなか広くは伝わっていかない名曲、というぐらいの位置付けのまま発売から30年が経とうとしていた。ところが先日、私がブログの記事で少しだけこの曲に言及したところ意外にも反応があり、この曲を好きな人はわりといるのだということを思い知ったのであった。

この曲における森若香織のボーカルは他のレパートリーの時とは少し違っていて、なんとなくコケティッシュな感じになっている。これはシングルのカップリング曲として収録されている「浮気しよう」など比較すると明白である(そして、これもまた名曲)。タイトルから想像ができるように、いわゆる失恋ソングである。もちろん悲しくて苦しくて辛いはずではあるのだが、前向きな気分でいようと努めていて、別れた恋人に対しても恨みつらみを言うのではなく、「Baby アカデミー賞級の恋をありがとう」と最大限の感謝を捧げている。これは自分自身が相手のことを好きだった時の気持ちや思い出をもひじょうに大切にしているということであり、いまは失われてしまったとしてもその時に感じたことは本当で、それがある意味において宝物でもあるというような、そういった感じをも含んでいるように思える。これをなんとなく元気でコミカルなキャラクターでもある森若香織がいつもとは少し違った歌い方で歌っているところに健気さのようなものを感じ、グッとくるのかもしれない。森若香織はこの曲をギターで作っていた時点で感動して泣いていたらしい。

また、恋人との恋愛を映画にたとえているのだが、当時の恋人達というのはよく部屋でビデオを観ていたものであり、恋人との思い出、特にお互いの部屋に行き来しはじめた初期においては、一緒に映画を観ながらドキドキしていたという思い出はある程度の共感を呼ぶのではないだろうか。この曲の数ヶ月前にリリースされた岡村靖幸「カルアミルク」にも「ファミコンやってディスコに行って 知らない女の子とレンタルのビデオ見てる」という歌詞があった。

そして、森若香織の歌詞なのだが、いまはもう失われてしまった恋人との関係を思い出すに辺り、それを切り取る言葉がひじょうに素晴らしく、心がとてもきれいだな、あるいはそうあろうと健気に努めているのだな、という感情をいだかせる。はじめて目が合った時、すぐに電話をかけてきた時、待ち合わせに走って来た時などであり、さらにその時に二人の周りにあった様々な舞台装置、たとえば公園や青空といったものもすべてが愛おしく思えていたのだが、それらともすべて「Bye-Bye-Bye」という諸行無常のもののあはれというか、そういった心の琴線にふれまくるところが、体調や心理状態によっては思いがけない涙腺崩壊を招いたのではないかという推測はなんとなくできるかもしれない。この前向きな失恋ソングという感じには、アリアナ・グランデ「サンキュー、ネクスト」に通じるものを感じたりもする。

GO-BANG’Sは札幌の中学校の同級生によって結成されたバンドなのだが、森若香織が親の転勤によって東京に移住したことによって自然消滅していたらしい。その時の演奏のテープがレコーディングスタジオに残っていたのだが、たまたま札幌を訪れた忌野清志郎がそれを聴いて、これは良いのではないかと思ったのが活動再開のきっかけだったという。札幌に住んでいたメンバーを東京に呼び寄せたのも忌野清志郎だという。GO-BANG’Sの東京での初ライブが私が北海道から上京した年とまったく同じ1985年だというところにも、なんとなく思い入れが強まったりもする。メンバー間の身長差が大きく、それを泉谷しげるに指摘されたりしていたことも思い出される。

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