アーロ・パークス「コラプスド・イン・サンビームズ」について。

ポップ・ミュージック界のニューホープとして昨年もかなり話題になっていたような気もするロンドン出身、20歳のシンガー・ソングライター、アーロ・パークスのデビュー・アルバムがいよいよリリースされるということで、期待はひじょうに高まっていたような印象がある。

それで、いざ出てみるといまのところ私の知る限り、絶賛の嵐、なぜ?の嵐は吉沢秋絵、というぐらいの勢いを感じる。それで、私も夜中や朝や夜などに何度か聴いているのだが、確かにこれはとても良い。どう良いかというと、1992年の六本木WAVEなどで売れていそうな雰囲気を感じる。そして、J-WAVEの「TOKIO HOT 100」でも上位にランクインしそう。

などと言っているのだが、実際にこのアルバムに収録されている「グリーン・アイズ」という曲は昨年に「TOKIO HOT 100」で最高2位を記録している。というか、海外の音楽メディアなどでよく名前を見るな、アーロ・パークスとは感じていたものの、意識して楽曲を聴いたことはなく、そのうち聴く機会もあるのだろう、などと思いながら最近のトレンディーなポップスの動向でもチェックしようかと仕事の資料をポイポイ断捨離しながら「TOKIO HOT 100」を聴いているとこの曲が流れ、お、めっちゃええやん、となぜか関西弁で思ったのだった。

確かにこの曲はオッシャレーで、1992年の土曜日の14時台にヤングエグゼクティブ(略してヤンエグ)の休日めいた風貌の男などがCDを買っていきそうである。そして、Negiccoが「アイドルばかり聴かないで」(2013年)で歌っているように、「普通の人はCDなんてもう買わなくなった」(作詞・小西康陽パイセン)現在、あたかもCDを買っていた頃のようなフィーリングを感じさせてくれたりもする。

それで、大人のリスナーにもとても受けが良さそうなのだが、実際にはいわゆるZ世代で、この辺りがジャンルは違うがビーバドゥービーの受容のされ方に近いような気がしなくもない。

とはいえ、このJ-WAVEの「TOKIO HOT 100」で昨年2位まで上がった「グリーン・アイズ」なのだが、とても聴きやすくお洒落なポップスであることは確かなのだが、内容は家族や周囲からの偏見の目がある中での同性との恋愛をテーマにしていて、わりとしんどい精神状態について歌われていたりもする(この曲は現在、最もクールなアーティストの一人、クライロとの共作だが、このアルバムのデラックス・エディションにはアーロ・パークスによるクライロ「バグズ」のカバーが収録されてもいる)。

他にもメンタルヘルスのことであったり、総じて心の痛み的なことがテーマになっている曲が多く、そういったことを溜め込みすぎることなく、解放することの尊さのようなものを表現しているように思えるところもある。

ご存知のとおり、コロナ禍とかパンデミックとか呼び方はいろいろあるのだが、一般的にいろいろしんどいご時世である。痛みや不安は顕在化し、人々の心を蝕みがちである。現実逃避的に気分の良いものやスカッとするものは、おそらく束の間にはそれを和らげてくれるだろう。しかし、現実に戻るとそれらどこにも去ってはいなく、そこから逃れることは不可能ではないかと思わされる。

このアルバムに収録された曲の歌詞では「ツイン・ピークス」、トム・ヨーク、ロバート・スミス、シルヴィア・プラスなどの固有名詞が登場し、それらには必然性が感じられる。

このアルバムは素晴らしいのだが、ガツンと衝撃を受ける問題作というよりは、日々の生活の中で選ばれ続けることによって必要性を増し、いつしかかけがえのない作品になっているような、そんな予感がなんとなくする。

時代はそれぞれその状況が必要とするスターを見つけ、それは人々が求めた結果でもあるのだが、アーロ・パークのこのデビュー・アルバムには、そんな運命や必然性のようなものを感じたりもする。

アルバムの最後に収録された「ポートラ400」では、痛みから虹をつくりだすというようなことが歌われているのだが、このような感覚はいま最も必要とされているような気もする。

聴いているとささくれだった気持ちがなんとなくやわらぎ、痛みを治療されているような気分にもなる。それでは、ヒーリング音楽とかイージー・リスニングに近いのかというとそういうことでもない。これは現在のブルーズのようなものでもあるのではないか、というような気もしている。

確かに聴きやすくお洒落でもあるのだが、心のとても深いところまで入ってきて、血のめぐりを良くして悪いところを治していくような、そんな効果さえあるようにも思える。

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