1991年の日本のポップスの中から20曲をただ挙げていくだけの回

1991年といえばニルヴァーナ「ネヴァーマインド」、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン「ラヴレス」(当時の邦題は「愛なき世界」)、プライマル・スクリーム「スクリーマデリカ」、マッシヴ・アタック「ブルー・ラインズ」などをはじめ他にもいろいろエポックメイキング的なアルバムがリリースされた年として印象深い。

当時、私もこういった海外のCDをいろいろ買っては聴いて、そのことについて話すなどして楽しんでいたわけだが、一方、カルピスウォーターはものすごく売れていた。また、年末にはマクドナルドがマックチャオという中華料理のようなものを販売しはじめる(CMに出演していたのは山田邦子)のだが、あれはそれほど長くは続かなかった。

という訳で(いや、だからどんな訳だよ、というツッコミはすでに盛大にすべっている)、その頃、日本ではどのようなポップスが生まれていたのか、あえて流行っていたのかとしていないのは、これから取り上げる20曲の中にはそれほど流行っていないものも含まれているからである。それを適当にやっていきたい。

GROOVE TUBE/フリッパーズ・ギター

さて、まずはもちろんフリッパーズ・ギターなのだが、なぜもちろんなのかについては、うまく説明することができないのだが、やはりもちろんとしか言いようがないのが、当時のフリッパーズ・ギターである(という何か言っている雰囲気だけで、実際に何一つ本質的なことは言っていない文章)。この曲はいまや日本のポップ・ミュージック史を代表する名盤の一つとして、「はっぴいえんど史観」(よしなさいって)の人たちからも認められるアルバム「ヘッド博士の世界塔」からの先行シングルである。私はもちろん特別なメガネのようなものを通してみると写真が飛び出して見えるタイプのジャケットで持っていた。そして、失くした。買い直した。いまどきSpotifyやApple Musicで聴くことができないのだが、その理由はおそらく明白で、CDの価格が高騰しているということもない。

実際にはエクレクティック、つまり折衷的、あるいはバラエティーにとんだ音楽をやっていたにもかかわらずネオアコというイメージがついていたりもしたのだが、このシングルではダンス・ビートとサイケデリック感覚のようなものが導入され、これは当時のイギリスのインディー・ロックとダンス・ミュージックとが結びつく感じにも呼応したものである。恋もキスもセクシーもちょっと待って君と僕は、特別なバナナやバスタブのCANDYも踊り出す、キュートでチャーミングでクールでセクシーなインディー・ダンス・ポップ・チューン。アルバムからシングル・カットされたこの曲と「星の彼方へ」だけはSpotifyやApple Musicでも聴くことができる。渋谷のONE-OH-NINEにあった頃のHMVにずっとディスプレイされていたフリッパーズ・ギターのパネル入りの写真が思い出される。

ラブ・ストーリーは突然に/小田和正

確かこの年のオリコン年間1位シングルではなかっただろうか。とにかくものすごく売れていたようだ。「カンチ、セックスしよう」でお馴染みのテレビドラマ「東京ラブストーリー」の主題歌だったらしい。私はいまのいままで一秒たりとも観たことがなく、おそらく観ないまま死んでいく可能性がひじょうに高いが、この曲には時代の空気感を真空パックしたかのような大衆ポップスとしての強度を感じずにはいられない。宗教上の理由により(嘘)オフコースとかのニューミュージックは好きになってはいけなかった青春時代であり、当時、この曲もまったく好きではなかったが、いまはめちゃくちゃ好きで聴きまくっている。まったくの余談だが、タイトルがよく似ているWHY@DOLL「ラブ・ストーリーは週末に」も最高。

ターザンボーイ/岡村靖幸

岡村ちゃんこと岡村靖幸といえばこの前の年に出た「家庭教師」から次の「禁じられた生きがい」までアルバムの間隔がチト(河内)空くわけだが、その間に出たシングルがこれで歌い出しが「Baby Baby Baby やっぱどんなカッコしても もてなきゃどうしようもないでしょ」なので信用できる。というか、切実な問題をテーマにしているのでとてもリアリティーがあった。「ワァオーワァオーワァオーワァオー」と聴くと、その後に「ババンババンボンボン、ババンバボボボ、ババンババンバオン、ボンバボン」と歌いながら足首をつかんで横歩きする大川興業が目に浮かぶ、ということについて知っていたところで、人生にまったく何の得も無いとはいえる。

N.I.C.E. GUY~1991 NICE GUY’S REMIX/スチャダラパー

スチャダラパーのデビュー・アルバム「スチャダラ大作戦」に入っていた曲を藤原ヒロシがリミックスした、サウンドはとてもお洒落な楽曲。「スチャダラ大作戦」はそもそも高木完との共同プロデュースだったと思うので、TINNIE PUNXやんという話である。2018年にWHY@DOLLのDJが目当てで行った恵比寿BATICAで小西康陽パイセンがスピンする「I LUV GOT THE GROOVE」が聴けたのはとても良かった。それはそうとして、「今モテモテは鈴木大地タイプ」「ALL LADIES W浅野コピー」とか当時の流行風俗も取り入れた大学生DISが心地よいトラック。それでも、ニュー・ウェイヴやサブカルではなく、「W浅野コピー」な人たちと仲よくはなりたかった、と日記には書いておこう(龍角散トローチ)。

MIKKY-D/ビブラストーン

近田春夫が率いる人力ヒップホップ的なカッコいいバンドのアルバム「ENTROPY PRODUCTION」に収録されている曲。アルバムトータルで音楽性もメッセージ性も高度に高くてキレッキレという、日本のポップ・ミュージックにおいては稀有な作品ではあるのだが、この曲は特にいろいろヤバいことについて言及していて、しかも30年後のいま聴いたとしても十分に有効というか、むしろよりリアルに刺さる箇所すらある。「MIKKY-Dに代表される目に見えないパワーに負けるな」。

私のすべて/ピチカート・ファイヴ

野宮真貴をボーカリストに迎えたアルバム「女性上位時代」に収録されていた曲。「渋谷系」という言葉はおそらく当時まだ無いが、とてもお洒落で趣味が良い音楽。「女性上位時代」は余裕があって豊かで良い時代だが、女性の自由や権利が制限されるような時代というのは単純にダサくて貧乏でみっともないので、これはとても良いタイトルだし、内容もそれに相応しいと思える。

涙は、悲しさだけで出来てるんじゃない/ムーンライダーズ

「ロッキング・オンJAPAN」のインタヴューか何かでフリッパーズ・ギターが「ムーンライダーズにはなりたくない」とか言って、それに対して鈴木慶一が「なれるものならなってみろ」と言っていたのは、とても良い話だと思った。アルバム「最後の晩餐」に収録された、ビートルズ的ともいえなくはないバラード。「ぼくは君のアンダーウェア いつでも脱ぎ捨てるためにいる Woo 気にすることはない」というような境地を、一度は経験してみたい人生だった。

踊るダメ人間/筋肉少女帯

「ダメ人間」とはいかにもインパクトの強いワードだが、それでしか表現しようがないものというのは確かにあるのだろう。サブカルのようなものとして消費されがちな音楽ではあるが、大衆ポップとしての高い志が感じられるところが素晴らしく、完璧な世界ではB.B.クィーンズ「おどるポンポコリン」と同じぐらい売れるべき名曲。

空気吸うだけ/高橋幸宏

タイトルの通り、生きているから空気を吸うだけ、という状態について歌われた素晴らしい楽曲。個人的にはラヴ・ソングだと解釈している。

日本の人/HIS

アーティスト名のHISというのはあの旅行会社とは関係がなくて、メンバーの細野晴臣、忌野清志郎、坂本冬美の頭文字をつなげたものである。それぞれの分野におけるトップクラスのアーティストが集まったことによる化学反応が楽しめる。この曲では「人と仲よくできない人」「自分だけが特別な人」などに対してのメッセージソングとして時代を問わず機能しているような気がする。

Rosa/中山美穂

この年の中山美穂といえば「遠い街のどこかで…」という素晴らしいクリスマスソングがあるが、個人的にはこのマイルドに猥雑なムードが漂うダンスポップが大好きである。作曲者と中山美穂とがこの後、付き合ったというのもとても良い話である。

月の裏で会いましょう/オリジナル・ラヴ

フリッパーズ・ギターやピチカート・ファイヴを好む人たちの多くがオリジナル・ラヴをも支持していた印象が強く、それは当時の私の周囲においてもしかりであった。しかし、個人的にはカッコよすぎてちょっと付いていけなかった。それでも、このシングルぐらいマイルドだと、まだ理解することはできた。

情熱に届かない~Don’t Let Me Go/松任谷由実

当時、年末といえばユーミンこと松任谷由実のアルバムがリリースされるのが風物詩であり、やはり確実に売れていた。この年のオリコン年間アルバムランキングで1位だったのも、松任谷由実が前年末にリリースした「天国のドア」であった。そして、この時期の松任谷由実はあまりシングルをリリースしていなく、この曲もアルバム「DAWN PURPLE」の収録曲で、シングルではリリースされていない。。バブル景気がこの年に終わっていたものの、一般大衆にはまだ実感ができていなかった。この年に松任谷由実がリリースしたこの曲をそのような背景をも含めて聴いてみると、なかなかグッとくるものがある。人生なんて、そんなの結果論(「Ringing Bells」)だったとしてもだ。

Sweet Emotion/杏里

杏里のアルバム「NEUTRAL」がオリコン年間アルバムランキングの8位とかなり売れたわけだが、これはそこからの先行シングルである。ニューミュージック全盛期にデビューし、アニメ主題歌によって大ブレイクしたアーティストだが、大衆的なシティ・ポップとしての機能性は抜群で、この曲にもその良いところが満載である。

MUD EBIS~800YEN MIX~/電気グルーヴ

この年にメジャーデビューした電気グルーヴの、金持ちのボンボンを戯画化し、からかっているような楽曲。

BEAT EMOTION/布袋寅泰

宗教上の理由(嘘)などで当時はほとんどまともに聴いていなかったのだが、いま聴くとものすごく良い。洋楽的で日本のメインストリームのポップスとしてはやや実験的なところと、歌謡ポップス的な抒情性とのバランスがたまらなく良い。

BYE-BYE-BYE/GO-BANG’S

この曲を収録したアルバム「サマンサ」のマンチェスター録音に必然性があったのかはさておき、これはアリアナ・グランデ「サンキュー、ネクスト」にも通じる、前向きで素晴らしい失恋ソングである。夜中に萩原健太と光岡ディオン(だったと思う)が司会する番組でこの曲のビデオを観て、心が弱っていたこともありボロ泣きしたことが思い出される。

あなたに会えてよかった/小泉今日子

小泉今日子といえば「花の82年組」出身のアイドルであり、「新人類」に支持されたり、近田春夫や藤原ヒロシのクラブ・ミュージック的な曲を歌ったり、「風花」「あまちゃん」での女優としての仕事や近年のアクティビスト的な動き、ネトウヨミソジニー化した某伝説のミニコミ雑誌元編集長のルサンチマンを搔き立てているところまで含め、ひじょうに好ましいとしか言いようがないのだが、歌謡ポップスではなくJ-POPとして正当的なこの曲もかなり売れたようだし、やはりとても良い。

21世紀の恋人 (A HAPPY NEW YEAR MIX)/谷村有美

このタイトルを見て思わされるのは、この時点で21世紀はまだ10年ぐらい先の話だったのだな、ということである。この当時、交通ストとのようなものがたまにあって、公共交通機関がほとんどストップした。六本木WAVEのマネージャーで映画音楽やフレンチポップにやたらと詳しいとされていた人に車で送ってもらった時に、ずっと谷村有美をかけていたことが印象的である。当時は最もなんとも思わないタイプの音楽だったのだが、いま聴くととても良いのは一体なぜなのかよく分からないのだが、好きなものはたくさんあった方が良いのではないかというような気もする。

勉強の歌/森高千里

森高千里というのも当時、さっぱりよく分からなかったのだが、それは当時、周囲にミニスカートを履いて踊っていて意図的にパンチラをするというような側面に重きをおいてありがたがっているようなタイプの人々が少なからずいたため、おそらく自分には関係がないものとしてフィルタリングしていた可能性がひじょうに高い。勉強はしないよりもした方がいいというようなことを歌っているのだが、こういうのをサブカル的にありがたがる動きに対しても、おそらく寝不足かカルシウム不足だった可能性が高いが、やたらと苛ついていたような気がする。サウンドはやたらとカッコいいのだが、内容はこういうやつ、というようなギャップが良かったのだろうか。というよりも記名性がひじょうに高いボーカルに中毒性があるかもしれない、などと思いながら、最後の1曲をドリームズ・カム・トゥルーでも槇原敬之でもサザンオールスターズでもなくこの曲にした。

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