「はっぴいえんど史観」なるものについての特にどうということのない思い出について。

「はっぴいえんど史観」なる単語を先日も軽々しく使っていたわけだが、実際のところその意味を正確に理解しているかといえば甚だ疑問といやつである。

で、どの程度の解釈でこの言葉を使っていたかというと、「ミュージック・マガジン」社で発行している「ミュージック・マガジン」や「レコード・コレクターズ」の名盤名曲ランキング的な企画が好きでよく買うのだが、それではっぴいえんどとか元はっぴいえんどだった人たちとか、はっぴいえんど周辺にいた人たちとかはっぴいえんどから強い影響を受けているとされる人たちの評価がやたらと高いな、とその程度である。

それでTwitterを適当に見ていたらなんだかそのことが話題になっているような様子があり、それほど深入りはしなかったのだが、Netflixで「オザークへようこそ」というドラマを観ながら時々読んだり読まなかったりしていた。

それで、そもそも「はっぴいえんど史観」って何なんだよと思い、はじめてGoogle検索してみたのだが、不機嫌そうな人たちがそれについて嫌みのようなことを書いている文章がいくつも表示されているようだった。「はっぴいえんど史観」は歴史の改ざんだという説を唱えている有名人の名前が挙がっていたりして、あーなるほどそういうやつか、と思うようなところがあったりもしたのだが、「オザークへようこそ」が盛り上がってきたのでそっちの方に意識を集中することにしてそれっきりである。

「はっぴいえんど史観」が日本のポピュラー音楽の起点をはっぴいえんどとする説、というように説明している文章が目に入ったのだが、本当にそのような説が存在するのだろうか。もし、「はっぴいえんど史観」というものが、本当に日本のポピュラー音楽の起点をはっぴいえんどだとするようなものだとすれば、さすがにそれは歴史の改ざんだといわれても仕方がないのではないだろうか。しかし、それは本当にそういうものなのだろうか。

さて、いま調べてはじめて知ったのだが、はっぴいえんどの前身だというヴァレンタイン・ブルーというバンドが結成されたのは1969年だという。それで、日本のロックの名盤だといわれるアルバム「はっぴいえんど」が1970年、「風街ろまん」が1971年にそれぞれ発売されている。その頃、私はまだ小さな子供ではあったが、かろうじて生まれてはいた。

「風街ろまん」が発売されるのは1971年の11月ということなので、たとえばオリコンの年間ランキングなどに影響を及ぼすとすれば翌年のものだろうか。シングルでは小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」を抑えて宮史郎とぴんからトリオの「女のみち」が年間1位なのだが、アルバムは1位と3位が天地真理である。松田聖子はアイドルにもかかわらずアルバムも売れてすごいとか分かったようなことを言っていたのだが、1972年の天地真理の方がもっとすごかったということである。

ブリヂストンのドレミまりちゃんとかいう自転車のCMをテレビでやっていたぐらい人気があったことは、子供心になんとなく覚えている。天地真理の2タイトルに挟まれて、この年のアルバム年間2位だったのは、よしだたくろうの「元気です。」である。そう、アーティスト名がまだひらがな表記だったようだ。サイモン&ガーファンクル(2タイトル)、カーペンターズ、ビートルズ、ポール・サイモンと上位10枚のうち、洋楽が半数を占めていることにも注目したい。したからといって、特に何があるわけでもないのだが。

この後、一般大衆的にはアイドルとフォークがブームになるのだろうか。私は幼稚園児から小学生へと成長していくのだが、吉田拓郎とか井上陽水とかガロとかかぐや姫とかさだまさしがいたグレープとかはなんとなく認識していた。しかし、はっぴいえんどのことはまったく知らないまま、ハッピー・エンドといえばそれはドラマやアニメなどで最後がしあわせに終わること以外の一切の意味を知らなかった。

それから中学生になって、ポップ・ミュージックは好きだったのだが、基本的に女の子にモテるために聴いていただけなので、音楽マニアだったこともそうなりたいと思ったことも、今日に至るまで一瞬たりとも無い。それで、流行っていたりラジオでたまたま聴いて好きになったものぐらいしか知らなかったので、引き続きはっぴいえんどのことは知らない。

細野晴臣はYMOのメンバーとして、大滝詠一のことは「A LONG VACATION」で初めて知った。それまでに何をやっていた人なのかはまったく知らないまま、流行っていたのでとりあえず認知していた。「RIDE ON TIME」で初めて知った山下達郎にしてもしかりである。

大滝詠一の「A LONG VACATION」は日本のポップスの名盤といわれていて、確かにものすごくマニアックなこともやっているのだと思うが、私がこのレコードを買って聴いていた理由は流行っていて聴いているとなんとなくモテそうだから。それ以上でも以下でもない。シンプルにほとんどそれだけといっても過言ではない。山下達郎「FOR YOU」についてもしかりである。同時期によく聴いていた早見優の「AND I LOVE YOU」は純粋に好きで聴いていた。この頃、ビーチ・ボーイズを聴きはじめるのだが、山下達郎や大滝詠一ではなく、ハワイ時代によく聴いていたとファンクラブの会報で語っていた早見優の影響である。

松本隆のことは松田聖子の歌詞などを書いている人として認識していたような気もするのだが、松本隆が初めて松田聖子のシングル曲に歌詞を提供したのは1981年の「白いパラソル」からで、「A LONG VACATION」よりも後である。その数ヶ月後に、松田聖子は大滝詠一が作曲した「風立ちぬ」を歌うことにもなるのだが、細野晴臣、大滝詠一、松本隆がかつてはっぴいえんどというバンドのメンバーだったらしいということを知ったのは、これよりも後のことだったと思う。

「風をあつめて」「夏なんです」をおそらくNHK-FMの「サウンドストリート」で聴いたのは高校生の頃だったが、渋谷陽一、佐野元春、坂本龍一のうち誰の曜日だったかはよく覚えていない。純粋に良いなと思ったのだが、「夏なんです」についてはちょうど同時期に聴いた吉田拓郎「夏休み」と一緒に覚えていたりするのであてにならない。

「風をあつめて」はタイトルにインパクトがあった。「風」も「あつめる」よく使う言葉である。今日は風が強いとかそうでもないとか、あと、「あつめる」といえばミニカーやプロ野球カードのことだが、この「風」と「あつめる」が一緒になり、「風をあつめる」とはあまり言わない。これがとても新鮮であった。

曲も実際にそれを体験したわけではないのだが、なんだかとても懐かしいような、昔の東京の風景がぼんやりと立ち上がってくるような印象を受けた。当時、友人がやっていたアマチュアバンドに「金をあつめて」という曲を提供したとかそういうくだらない話はどうでもいいのだが、そのうち大学受験に失敗するのだが、浪人でもいいのでとにかく強引に東京に出てくるのである。

その年は「ライヴ・エイド」があったわけだが、日本では特にチャリティーというわけではなかったと思うのだが、「国際青年年記念 ALL TOGETHER NOW」なるライブイベントが代々木で開催され、そこであの伝説のバンド、はっぴいえんどが再結成というのも大きな話題だったような気がする。この日のライブの模様の一部をニッポン放送で放送したのだが、サザンオールスターズと佐野元春の共演というのが個人的にはひじょうに大きく、はっぴいえんどにはほとんど注目していなかった。このイベントがニューミュージックの葬式といわれたとかいわれなかったとか、そんなエピソードもあったような気がする。

翌年、大学入試にも合格し、晴れて桑田佳祐や小西康陽の後輩になったわけだが、2年までは小田急線本厚木駅から神奈川中央バスで約20分以上という環境で学ばざるをえなかったため、小田急相模原に住むことにした。それで、生まれて初めてのCDプレイヤーも買ったのだが、初めて買ったCDソフトは前の年にアナログのレコードを買って持っていたザ・スタイル・カウンシル「アワ・フェイヴァリット・ショップ」であった。これは確か町田のディスクユニオンで買って、数年後にここでは私が最も素晴らしいと思っているフリッパーズ・ギターについての文章を書かれた方がアルバイトしていたらしい。

それはそうとして、土曜日に本厚木駅前のミロードの中にあったレコード店(この頃はまだCDよりもレコードの方が多かったのではないだろうか)ではっぴいえんどの「はっぴいえんど」「風街ろまん」が1枚のCDに入って3,500円というなかなかお得なものを見つけ、買って帰って聴いたのであった。素直に良い音楽で好きなタイプだとは感じたのだが、神格化は特にしていなくて、それは同時代の音楽で好きなものがたくさんあったからなのではないかと思う。

中学生や高校生の頃に、いまどきのロックやポップスはくだらないが、ビートルズだけは素晴らしいと神格化しているタイプの男子がいて、おそらくその影響で私がビートルズをちゃんと聴くタイミングは少し遅れたように思える。だからといって、神格化そのものを否定する立場に私はまったくいないのであり、なぜなら道重さゆみを神格化したりしていたからである。

「はっぴいえんど史観」なるものはどうやら90年代辺りに生まれたものらしいのだが、その頃、私は日本のポップ・カルチャー全般をシャットアウトして生活するというよく分からない若者像を演じていたのでよく知らないのだが、笠置シヅ子とかクレイジーキャッツとか弘田三枝子とか美空ひばりとか加山雄三とかグループサウンズとかがあっての日本のポピュラー音楽だろうというのは強くあるので、いわゆる「はっぴいえんど史観」なるものが日本のポピュラー音楽の起点をはっぴいえんどとするようなものだとするなら、それはおそらく違うのだろうし、かといって感情的に反論するほどの熱量は無い。なぜなら、所詮人が言っていることだからである(テクノ歌謡CDリイシューの起源は「イエローマジック歌謡曲」「テクノマジック歌謡曲」ではなく、「テクノ歌謡」シリーズであることについては多少は感情的になる余地があるが)。

「はっぴいえんど史観」なるものが正しくはないと思うのならば、別に自分なりの史観でいけばいいのではないかとか思ったりもするのだが、私のように普段はポップ・ミュージックと関係のないことを生業とし、あくまで外野からのミーハー視点のみで(ここをひじょうに大切にしているわけだが)いっちょかみしているだけのお調子者には計り知れない苦悩というようなものも、おそらくあったりはするのだろう。

いわゆる「ミュージック・マガジン」社的ではない史観のものがアンチ的というか喧嘩腰ではない感覚でもっといろいろ出てくればいいのではないかと思うのだが、沢田太陽さんという方がつくっていた日本のロック名盤リスト的なやつとかは「はっぴいえんど史観」からの自由が感じられてとても良かった。あと、Twitterで自然発生的なのかある程度は意図的なのかよく分からないのだが、私もそのうち投票しようと思ってすっかり忘れていた、あの「風街ろまん」を抑えてゆらゆら帝国「空洞です」が1位、andymoriとかもわりと上位に入っていたやつの方が個人的にはいろいろあるものの、トータル的にはしっくりするなと感じたりもしていた。

2004年とかそれぐらいの時期だったと思うのだが、一回り以上年下の女性とソフィア・コッポラの映画の話をしていて、「ヴァージン・スーサイズ」は観たが「ロスト・イン・トランスレーション」はまだ観ていないとかで、それは絶対に観た方がいいというような超絶的にしょうもない話をしていたのだが、DVDを借りて観たらすごく良かったと感激していた。あの映画ではマイ・ブラッディ・ヴァレンタインの音楽が結構流れて、東京のカラオケ屋のシーンではビル・マーレイがロキシー・ミュージック「夜に抱かれて」、スカーレット・ヨハンソンがプリテンダーズ「ブラス・イン・ポケット」を歌ったりする。そして、確か最後の方ではっぴいえんどの「風をあつめて」が流れるのだが、それがとても良かったのだ。

その一回り以上年下の女性は最近良かったCDとして柴咲コウの「蜜」を挙げていたりして、おそらくはっぴいえんどなど知らなかったのだが、地下鉄の階段を下りながら「風をあつめて」のメロディーを口ずさんでいた。その感じがなんだかとても良かったので、私は「はっぴいえんど史観」に賛成かもしれない。しょうもないのう。

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