スティクス「パラダイス・シアター」について。

1981年の前半、全米アルバム・チャートのほとんどの週でREOスピードワゴンの「禁じられた夜」が1位だったわけだが、このアルバムはいわゆる歴代ベスト・アルバム的なリストにはほとんど選ばれていない。よって、当時はものすごく多くの人々から聴かれていたのだが、いまどき新しい世代のリスナーが増えることはあまり期待できないということができる。

ところが確か昨年だったと思うのだが、サニーデイ・サービスの曽我部恵一がこの「禁じられた夜」のことをTwitterで紹介していたので良かった。それも大絶賛というわけではなく、ものすごく良いわけではないがまあまあ良いというようなニュアンスを、曽我部恵一らしいセンスが感じられる言い回しで表現していたのである。

「キープ・オン・ラヴィン・ユー」というパワーバラードのクラシックが収録されていたとはいえ、それにしても売れすぎではないかというぐらいに売れていた。いや、売れているところを実際に見たわけではないけれども、全米アルバム・チャートの表を見る度に、またREOスピードワゴンが1位か、というような感じであった。

しかし、その合間にスティクスの「パラダイス・シアター」も計3週間、1位になっている。スティクスといえばこの翌々年、「ミスター・ロボット」という曲が日本でもまあまあ話題になり、というのも歌詞に「ドモアリガット、ミスターロボット」という日本語っぽいところがあったりしたからなのだが、その後、デニス・デ・ヤングがソロでヒットさせた「デザート・ムーン」を谷山浩子がカバーしていたりもした。「ねこの森には帰れない」とか「てんぷら☆さんらいず」の人である。

さて、1981年のお正月だが、中学生だったのでお年玉をもらえた。旭川駅前の平和通買物公園にある様々な百貨店などが初売りを行う日に目を覚ますと、家族はもう家に誰もいなかった。その頃、中学2年だったので、特に休みの日などは前の夜にラジオの深夜放送を聴くなどして、適当な時刻に起きるという自堕落気味な生活になっていた。家族と一緒に買物に行くようなこともしなくなっていたので、このようなことはけして珍しくはない。

北海道新聞朝刊のテレビ欄を見た。ひじょうにショックなことに、その日はオールスター寒中水泳大会的な番組があったにもかかわらず、その時間にはすでに終わっていた。と記憶しているのだが、本当にそうだったのかは疑問である。だいたいあの手のオールスター寒中水泳大会的な番組というのは、夜に放送されるものなのではないだろうか。いくら冬休み中とはいえ、午前中から放送されるようなことがあるのだろうか。

それはそうとして、仕方がないので一人で旭川電気軌道バスに乗って、平和通買物公園の方まで行った。バス停はクスリのツルハなどがあった辺りの前のところで、反対側には市民生協だとかかんの歯科だとかがあった。理髪店や洋菓子店などとも同じ並びである。バスはパチンコマンモスなどの前をも通って、数十分後には平和通買物公園のところに着いた。ここはどうやら日本初の歩行者天国らしく、銀座などよりも早かったらしいのだが、あまり知られていないような気もする。

とりあえずミュージックショップ国原に行くのだが、ジョン・レノン&ヨーコ・オノの「ダブル・ファンタジー」を買うと、福引券がもらえた。それでくじのようなものを引いたのだが、ポケットティッシュしか当たらなかった。ジョン・レノンは前の月にニューヨークの自宅マンション前で凶弾に倒れ、帰らぬ人となっていた。FMのラジオ番組では特集が組まれていたのでそれを録音したり、近所の太陽堂書店に行くと緊急出版されたという「月刊プレイボーイ」のインタヴューをまとめた厚めの本が売られていたので、それも読んでいた。

「ダブル・ファンタジー」は1曲目はジョン・レノンのヒット曲「スターティング・オーヴァー」でまあ良いのだが、2曲目にヨーコ・オノの「キス・キス・キス」という曲が入っていて、「あなた抱いてよ」などと言いながら激しい喘ぎ声のようなものまで入っている。これを聴いている時に親が部屋に入って来たりするとひじょうに気まずい。それ以前に、14歳の男子にはやや刺激が強いといったところもある。

一旦、帰って来たのだがやはり家族は誰もいなく、家に一人でいても退屈なので、また旭川電気軌道バスに乗って市街地まで行き、ミュージックショップ国原で今度は柏原よしえ「How To Love」のカセットテープを買った。なぜ、カセットテープかというと、レコードは大きくて親などに見つかるわけで、当時、女性アイドルのレコードを買っていることが恥ずかしいという自意識はなぜかあった。

柏原よしえは前の年の夏、父に東京に連れていってもらった時、後楽園球場の日本ハムファイターズ対西武ライオンズ戦がはじまる前に、デビュー曲の「NO.1」を歌っていた。野球場の観客席なのでひじょうに小さくしか見えなかったのだが、実際にアイドルを生で見たことは大きく、それだけでどこか贔屓目に見てしまうのであった。アイドルのアルバムというと通常はシングルが1、2曲しか入っていないイメージがあったが、「How To Love」には「NO.1」「毎日がバレンタイン」「第二章・くちづけ」の3曲が入っていたのでお得だと思った。

それから少しして、お年玉はまだ少しだけ残っていた。全米ヒット・チャートを眺めながら、次に何を買おうかと考えながら、ラジオで適当な番組を流していた。日曜日の午前中、マチャアキこと堺正章がスティクスというバンドのレコードを紹介していた。

マチャアキは私が小さな子供の頃から「ハッチャキ!!マチャアキ」などで面白いことをたくさんやっていたので、この人はこういう面白いことをたくさんやる仕事の人なのだと認識していて、後にグループサウンズのバンドをやっていた人だと知った時には驚いたものである。

スティクスとはSTYXで三途の川というような意味らしいのだが、ラジオで聴いていた時には棒の複数形を意味するスティックスなのだと勘違いしていた。それはまあ良いのだが、おそらく曲も何曲かかかったのだろうが、気になったのはマチャアキがレコードにエッチングがしてあって、傾けてみると柄が浮かび上がってくるなどと言っていたことである。

これはなんだか面白そうではないか。それだけの理由でミュージックショップ国原で輸入盤を買った。家に帰って見てみると、確かにそのようになっていた。

アルバムは「パラダイス・シアター」という架空の劇場の盛衰をテーマにしたコンセプトアルバムとのことであった。ハイトーンのボーカルが印象的だったり、ノリの良いロックがあったりという感じで、わりと楽しめた。アメリカのテレビドラマなどで田舎の道を車で走っている時に、カーラジオから流れてくる匿名的なロックのような良さを感じた。

このレコードは確か東京には持ってきていなくて、いつの間にか母が捨ててしまったのだろう。CDでも買い直さなかったような気がするが、ダウンロードでデータを購入した覚えは何となくある。とりあえず久しぶりにApple Musicで聴いてみたが、懐かしさも新たな感動も、逆に失望や退屈も感じず、フラットにスティクスの「パラダイス・シアター」だな、と感じた。まるで、まあまあ定期的に会っている親戚の叔父さんと久々に再会したかのような、元気でやってるかぐらいはいわれるだろうが、さすがに大きくなったなとはもうとっくに言われないな、とかそういう気分になったのだった。

そこには批評もなにも介在せず、ただスティクスの「パラダイス・シアター」だなと感じるわけであり、これのレコードを買ってからちょうど40年ぐらいというのが長いのか短いのかよく分からないのだが、こういうのは普通になんか良いな、とも感じるのであった。

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