ヘアカット100「ペリカン・ウエスト」について。

今日は仕事がものすごく忙しかったので明大前のめちゃくちゃ美味しいラーメン店、中華そばきびに中華そばあっさり卵入りを食べに行ったり、Twitterのタイムラインをスクロールするなどして現実逃避していたのだが、ヘアカット100の「ペリカン・ウエスト」について話題になっていて、これはいいやと思ったのでそれについて書いていきたい。

本当なら先週にリリースされたShameというロンドン出身バンドの最新アルバム「Drunk Tank Pink」がものすごく良くて気に入っているので記録していきたいところなのだが、今日のところはヘアカット100「ペリカン・ウエスト」にしておく。

それにしても、この1982年発売のアルバムだが、バンド名もアルバム・タイトルもさっぱり由来が分からず、おそらくちゃんとあるのだろうが調べようという気すら起こさせない。いや、実際に調べかけたのだが中心メンバーのニック・ヘイワードらがかつて組んでいたバンド名がRugbyだったと知った時点でなんとなくやる気が減退したのであった。

このアルバムがリリースされた1982年といえば私は旭川の公立高校に入学した年で、山下達郎の「FOR YOU」だとか佐野元春の「SOMEDAY」だとか早見優の「AND I LOVE YOU」だとかを聴きまくっていたわけだが、早見優がハワイ時代によく聴いていたと確かファンクラブの会報に書かれていたので、ビーチ・ボーイズも聴きはじめたのだった。

それと同時に「全米トップ40」も長距離受信して、全米ヒット・チャートもチェックしていたのだが、全英チャートはまだそれほどでもなかった。ヒューマン・リーグの「愛の残り火(Don’t You Want Me)」が夏に全米NO.1になって、イギリスではもうすでにシンセ・ポップは流行していて珍しくも何ともなかったのだろうが、全米ヒット・チャートではまだまだ異色であり、これをどう楽しめばいいのかよく分からなかったのである。何せそれまでビリー・ジョエルとかホール&オーツとかジャーニーとか、そういうのしか聴いていなかったからである。

ヒューマン・リーグが1位になった週の「全米トップ40」が放送された土曜日はちょうど親戚の催しのようなもので、北海道の洞爺湖かどこかの宿泊施設に泊まっていて、私はこっそりラジオを聴いていたことになる。翌日、旭川に帰るための汽車に乗るまでの間、札幌で少しだけ時間があったので、当時、五番街ビルという建物に入っていたタワーレコードに行ったのだが、買ったのはヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの「ベイエリアの風」であった。

カルチャー・クラブ「君は完璧さ」、デュラン・デュラン「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ」をはじめ、イギリスの新しいバンドやアーティストの曲が全米シングル・チャートの上位に入り出すのは翌年からだが、その現象は第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンなどと呼ばれたりもした。第1次のそれはビートルズやローリング・ストーンズが活躍した1960年代に起こったらしい。

イギリスでは大人気なのにアメリカではなかなかヒットしないバンドやアーティストというのもいて、その代表的な存在がザ・ジャムだろうか。ヘアカット100は当時、ファンカラティーナなどとも呼ばれた、ラテンなどの要素も取り入れた爽やかなサウンドで、全米チャートではどちらかというと受けなさそうな印象はあった。それでも、「ペリカン・ウエスト」が全米アルバム・チャートで最高30位、シングル・カットされた「渚のラヴ・プラス・ワン(Love Plus One)」は全米シングル・チャートで最高37位と、そこそこ売れていた。とはいえ、ものすごく売れていたというわけでもない。

1982年の旭川の公立高校でボリュームゾーンにあたる学生たちが聴いていた音楽といえば、やはり佐野元春やオフコースなわけだが、少し悪そうな女子がRCサクセションを聴いていたりした。私はそのような悪そうな女子と仲よくなりたい一心でRCサクセションを好きなフリをしていたところ、本当に好きになってしまったというタイプなのだが、そういった女子たちはイギリスのニュー・ウェイヴなどもよく聴いていた。

私はそのような女子たちからは基本的にまったく相手にされていなかったわけだが、なぜか真夜中に公衆電話から長電話したりとか(ナウでヤングな読者には信じられないことかもしれないが、当時、携帯電話はまだ無かったのである!)、日曜日に家に遊びに行く権限は与えられていた。それで、WHY@DOLLの浦谷はるなさんがお祖母ちゃんの家に遊びにいくがやることが無さすぎてゲームばかりやっていた、でお馴染みの当麻町までわざわざ汽車に乗って行ったりするものの、ベッドの中で寝ていて前の夜は旭川のディスコで朝まで踊っていて、大学生にナンパされるのを断るので大変だったとかそのような話を聴かされるのである。そして、デュラン・デュランのレコードをかけ、「プリーズ・テル・ミー・ナウ」でみんな盛り上がっていたとかそういった話をまた聞かされたりもしていた。

それで、私が親からもらったお小遣いを持っていて、放課後にミュージックショップ国原かファッションプラザオクノの地下の玉光堂あたりで何かレコードを買おうとしていると、ヘアカット100の「ペリカン・ウエスト」を猛烈に薦めてきた。私のような者はどうせ聴いても理解できないだろうが、自分が聴きたいので買って貸すように、とそういう話であった。なんともナメきった話ではあるのだが、今日でいうところのスクールカースト的にそれは仕方がない話であり、そんな関係がけして嫌ではなかった。というか、むしろ好きでやっていたと思えるところもある。

しかし、私はそれを無視して、マイケル・マクドナルドの「思慕(ワン・ウェイ・ハート)」を買った。後にウォーレン・G「レギュレイト」でサンプリングもされる全米シングル・チャート最高4位を記録した「アイ・キープ・フォーゲッティン」を収録したアルバムである。「オリコン・ウィークリー」の輸入盤チャートでは確か1位になっていて、「なんとなく、クリスタル」的なAORファンから強く支持されていたと思われる。

ニュー・ウェイヴな女の子と仲よくなりたいのに、心情的にはコンサバティブなAORというジレンマをかかえていたのかいなかったのかよく分からないのだが、とにかくそれが限界だったというわけである。

その後、ヘアカット100のことはすっかり忘れていたのだが、旭川の高校を卒業し、東京で一人暮らしをはじめ、思い描いていた青春はけして薔薇色ではなかったと気づかされてからしばらく経った1990年、ポップ・ミュージックの恐るべき子供たち、フリッパーズ・ギター、初の日本語詞シングル「恋とマシンガン」のカップリング曲が「HAIRCUT 100(バスルームで髪を切る100の方法」だった。

これはパンク・ロック。スタイルではなくアティテュードとしての。おしゃれで都会的でセンスが良い音楽ではあるが、苛立ちに起因する疾走感のようなものは確かに感じられたし、エンディングなどセックス・ピストルズの「アナーキー・イン・ザ・UK」の再来ではないか、とすら思わされた。

どこか本格的ではなくいかがわしいのだが、ものすごくセンスを感じるという点がとても良いと思えた。

アズテック・カメラやザ・スタイル・カウンシルといった、10代の頃に私が好きで聴いていたバンドの影響をフリッパーズ・ギターは受けてもいて、そこがとても良かったのにプラスして、日本のポップ・ミュージックにはおそらく永遠に無理なのだろうという領域すらをも侵略し、自分たちのものにしているかのようなその不敵さに震えがとまらん、という気分であった。しかも、それをいたいけな女子中高生たちが支持しているという。

やはりポップ・カルチャーにおいては、いわゆるあえてこの言い回しを肯定感のみを込めて使うのだが、女子供の価値判断というのがものすごく正しいのではないかという気がしてならない。湯川れい子から小出亜佐子まで、偉大なるポップ・ミュージックの語りべたちがそれを証明しているようにも思える。

フリッパーズ・ギターがすごかったのも、ただ単にマニアックな音楽をやっているだけではなく、女子中高生たちからアイドル的にも支持されたという点につきる。「ロッキング・オンJAPAN」のインタヴューで発せられた「ムーンライダーズにはなりたくない」発言の真意はおそらくそれと関係があり、それに対し「なれるものならなってみろ」と言った鈴木慶一もまた、とてもカッコいい。

それはそうとして、「ペリカン・ウエスト」である。久しぶりに聴いてみたが変わったアルバムである。このアルバムをリアルタイムでは買わなかったのだが、フリッパーズ・ギターが小さな革命を起こし、それが当時の私の生活圏において影響を及ぼしはじめた頃、はじめて買ってちゃんと聴いたのだった。その時のも、変わったアルバムだなと感じた。とても聴きやすいのだが、どこか引っかかりがある。

「Lemon Firebrigade」など、確かに爽やかな感じはあるのだが、明らかに余剰と思われるようなことをまあまあの熱量でやっているように感じられるところもある。その余裕とでもいえるようなものが、今日では確実に失われてしまったという実感があり、それを思って泣き出しそうな気分になる、かとも思わされたのだが、現実的な戦いを生きている大人の自分としては、センチメンタルなギャツビー気取って上手にシェイクダウンというわけにもまだまだいかんな、と気を取り直した。

あと、あの時、私に「ペリカン・ウエスト」を買うように勧めたあの女子はいま何処で何をしているのだろうか。しあわせになってくれていたら、とてもうれしい。

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