ブリットポップの簡略化した歴史と個人的な記憶 1992-1998

1990年代のある時期、イギリスのインディー・ギター・バンドを中心としたバンドのいくつかが大人気となり、それを中心とするムーヴメントをブリットポップと呼んだりもした。それについて個人的に認識している簡単な歴史と、それにまつわる思い出話などを、代表的だと思える25曲を交えながら記録していきたい。

1.Popscene/Blur (1992)

1980年代後半から90年代の初めにかけて、イギリスのマンチェスター出身であるザ・ストーン・ローゼズ、ハッピー・マンデーズ、インスパイラル・カーペッツなどを中心としたマッドチェスター・ムーヴメントなるものが盛り上がりを見せていた。そのメッカといわれていたのは、ニュー・オーダーなどが所属するファクトリー・レコードが運営していたファクトリーというクラブだったといわれている。

レイヴやドラッグのカルチャーとも密接に関連していたこのシーンから生まれた音楽の特徴は、インディー・ロックとダンス・ミュージックがミックスされているようなものだった。日本の一部メディアなどは、インディー・ダンスなどと呼んでいたような気もする。

マンチェスター出身以外のバンドもこういった流れを追随し、同じようなパターンの音楽がたくさんリリースされては、ヒットしたりしなかったりした。

ロンドン出身の4人組バンド、ブラーもまたそのうちの一つで、1991年の「ゼアズ・ノー・アザー・ウェイ」で全英シングル・チャート最高8位のヒットを記録していた。

ところが、インディー/オルタナティヴ系のロックが好きな音楽ファンの関心の焦点はすぐに移っていく。

アメリカのオルタナティヴ・ロック・バンド、ニルヴァーナが9月24日にアルバム「ネヴァーマインド」をリリースすると、どんどんチャートでの順位を上げていき、ついにはマイケル・ジャクソンのニュー・アルバムなども抜いて、1位の座についたのであった。当時、このタイプのバンドとしてはまったく異例のことであった。

ラウドでヘヴィーな音楽性と、わりとネガティヴな歌詞の内容はリアルだと評判になり、大きな支持を得るようになっていく。他のバンドも活躍しはじめ、このタイプの音楽はグランジ・ロックなどと呼ばれていった。

ブラーはデビュー・アルバム「レジャー」には収録されていないまったくの新曲として、シングル「ポップシーン」をリリースした。インディー・ダンス的なそれまでの音楽性から一変し、よりアップテンポでパンキッシュな勢いが感じられる曲であった。

メディアではわりと好意的に評価されていたような気もするのだが、セールスは振るわず、全英シングル・チャートで最高32位に留まった。当時、これはあたかも失敗であるかのような扱いをされていたような気がする。しかし、実はこれこそがブリットポップのはじまりだったとするような説もある。

この後、ブラーはアメリカ・ツアーに出るのだが、ホームシックなどによってボロボロになり、このまま一発屋で終わるのではないかというムードにも、一部ではなりかかっていたのではないかと思う。

2. The Drowners/Suede (1992)

この年の春あたりに「NME」「メロディー・メイカー」といったイギリスの音楽誌で大きく取り上げられていた新人バンドがスウェードである。マッドチェスターがアーティストとオーディエンスとの垣根を低くしたようなところを評価されたり、グランジ・ロックにしてもオーディエンスにリアルに響くところが良い、というような感じになっていたような気もするが、スウェードの場合、グラマラスなところとかスター性、セックス・シンボル的な部分を重要視しているようなところが感じられ、それは当時のシーンに欠落しているもののようにも思えた。

「NME」などはヴァーヴ、スウェード、アドラブルでニュー・グラム御三家的な売り出し方をしかねないような時期もあったように思える。ヴァーヴは後のザ・ヴァーヴで、アドラブルはクリエイション・レコーズの期待の新人だったが、それほど盛り上がらないまま失速していったような気がする。

当時、インターネットもまだ普及していない状況であり、「NME」「メロディー・メイカー」を読んで気になっているものの、音も聴いたことがない状態でCDやレコードを買わなければいけない、というような状況もあった。しかも、スウェードのデビュー・シングル「ザ・ドラウナーズ」などはプレス枚数を絞っていたのか、まず見つけること自体が至難の業であった。

しばらく妄想の中だけでこんな音だろうと信じながら、スウェードを心で推しはじめたのだが、やっと西新宿のラフ・トレード・ショップで買えたそのレコードを家に帰って再生してみると、まさにこういうのを待っていたとでもいうべき、強くセックスの匂いが感じられるインディー・ロックだった。

当時、契約社員で働かせてもらっていたとあるCDショップにソニーの社員がやって来て、このレコードのことを聞かれたのだが、当時はまだ入手しにくくかったのと、そのタイプの音楽を推してもいなかったので、もちろん在庫は無かったのだった。しかし、あまりにもうれしかったので、私は私物のレコードからダビングしたカセットテープを彼女に差し上げた。次に来店された時には、イギリスでライブも観たし契約もしたので、日本ではソニーから発売することが決まったということであった。

3. Motorcycle Emptiness/Manic Street Preachers (1992)

マニック・ストリート・プリーチャーズはこのかなり以前からメディアではよく目にしたのだが、なぜこの時代によりにもよってこんなにも時代錯誤的なパンク・ロックをやっているのだろう、程度の認識でしかなかった。

それを大きく変えたのが、この曲であった。とはいえ、この時に出た新曲というわけではなく、すでに発売されていたアルバムからのシングル・カットであった。ただ偏見で聴いていなかっただけである。

ハードボイルドでクールでロマンティック、これもまた当時のシーンが失っていたものだったのではないかというような気がする。

しかし、この頃にイギリスで最も売れたインディー・ロックのレコードはスウェードでもマニック・ストリート・プリーチャーズでもなく、全英アルバム・チャートで1位に輝いたカーターUSM「1992 愛のアルバム」だったのではないか。

4. Creep/Radiohead (1992)

西新宿のラフ・トレード・ショップに行き、やはり「NME」「メロディー・メイカー」などで得た情報を元に、聴いたこともないレコードを買う。当たるものもあれば、外れるものもある。レディオヘッドというよく知らないバンドの「クリープ」とかいうシングルは、ニルヴァーナが得意とするラウドとクワイエットとの落差を利用したサウンドが印象的で、ひじょうに自虐的なことをユニークな方法で表現しているらしい。それでレコードを買ったのだが、これはいいぞと思ったのであった。しかし、レディオヘッドがこんなにも大きなバンドになるとは思っていなかった。

翌年、イギリスではどのアルバムにも入っていない「ポップ・イズ・デッド」がリリースされた頃、アメリカではカレッジ・ラジオを中心にこの「クリープ」が人気を呼び、それが逆輸入されるようなかたちでイギリスでも売れた。

5. Animal Nitrate/Suede (1993)

1993年に入るとスウェードがシングル「アニマル・ナイトレイト」をリリースし、全英シングル・チャートで最高7位。この曲も収録したデビュー・アルバム「スウェード」は初登場1位を記録した。この時点で新たな人気バンド誕生、というようなムードもあった上で、ブリティッシュ・ポップの逆襲的な雰囲気も「SELECT」という雑誌の表紙や記事も含め、少しずつ盛り上がっていったような印象がある。

6. For Tomorrow/Blur (1993)

アメリカ・ツアーで完全にホームシックに陥り、リリースもしばらく途絶えていたブラーは、古き良きイギリスのイメージをユーモラスにアップデートするという、当時のシーンのトレンドと一切、関係がない独特な路線でのシングル「フォー・トゥモロー」、アルバム「モダン・ライフ・イズ・ラビッシュ」をリリースした。それほど大きなヒットにはならなかったが、このセンスは広く共有されたようにも思える。フロントマン、デーモン・アルバーンのパートナーであるエラスティカのジャスティン・フリッシュマンが以前にはスウェードのオリジナル・メンバーでブレッド・アンダーソンと付き合っていたとされることなどから、ブラーVSスウェードのライバル構造というのもごく一部でなんとなく認知される。

7. Girls And Boys/Blur (1994)

1994年の春に当時、私が付き合っていた女子大学生がイギリス旅行に行き、なぜか現地で「ロッキング・オン」の宮嵜広司に出くわしたりしていたようなのだが、帰って来ると、現地でブラーがテレビの音楽番組に出演しているのを観たが、ジャージにスニーカーでディスコ・ポップのような曲を歌っていたということであった。にわかには信じがたかったのだが、「ガールズ・アンド・ボーイズ」を聴いて、映像を観て納得した。

この曲は全英シングル・チャートで最高5位、アルバム「パークライフ」は1位に輝いた。

8. Supersonic/Oasis (1994)

この年の春、ニルヴァーナのカート・コバーンが自ら命を絶ち、オアシスが「スーパーソニック」でデビューを果たした。過去のクラシック・ロックの良い部分から影響を受け、いまどきの気分でやっているバンド、という認識ですぐに好きになった。インタヴューでの兄弟喧嘩にもなかなか微笑ましいものなどがあったような気がする。

9. Live Forever/Oasis (1994)

オアシスはあっという間に人気者になったが、ライブで最も盛り上がるといわれていた「リヴ・フォーエヴァー」は3枚目のシングルとしてやっとリリースされた。

このシングルは全英シングル・チャートで最高10位と初のトップ10入り、デビュー・アルバムは初登場1位に輝いた。

渋谷クラブクアトロでの初来日公演のチケットは、当時、付き合っていた女子大学生が2人分買っておいてくれたのだが、この時にはもうすでに別れていたのにもかかわらずクアトロのWAVEで待ち合わせて一緒に観に行った。この曲では東京でもすでに合唱が起こっていた。カート・コバーンが自らの命を絶った後だけに、「リヴ・フォーエヴァー」というタイトルや歌詞もより心に響いたような印象がある。

10. Connection/Elastica (1994)

オアシスがデビューした年として記憶されることになった1994年だったが、年初の時点で「NME」はNWONW、つまりニュー・ウェイヴ・オブ・ニュー・ウェイヴを推すつもりでいた。ニュー・ウェイヴからの影響が強く感じられるエラスティカもその代表的なバンドだったが、ブリットポップがトレンドになるとぬるっとそちらにも入っていたのだった。

11. Love Spreads (1994)

マッドチェスター・ムーヴメントの中心的存在であったザ・ストーン・ローゼズが沈黙を破って久々にリリースしたのがこのシングルであった。全英シングル・チャートで最高2位を記録、ブリットポップにもハマるがアルバムはそれほど高く評価されなかった。

12. Wake Up Boo!/The Boo Radleys (1995)

クリエイション・レコーズ所属のザ・ブー・ラドリーズは評論家ウケはものすごくするのだが、それほどヒットにはならない典型で、将来的にカルト・バンド化するのではないかというような佇まいを見せてもいたのだが、この超速球派ポップともいえるどストレートさで、全英シングル・チャートで最高9位を記録していた。

13. Common People/Pulp (1995)

1970年代から活動するインディー・ポップ・バンド、パルプも1993年にメジャーと契約、翌々年のこのシングルでは全英シングル・チャートで最高2位のヒットを記録する。ザ。ストーン・ローゼズがメンバーの事故のため出演を辞退したグラストンベリー・フェスティバルのヘッドライナーとしても圧巻のパフォーマンスを見せつけ、人気は高まっていったのだった。イギリスの階級制度がテーマになっているようでもある、知的な歌詞はジャーヴィス・コッカーの実体験からの影響も受けている。

14. Yes/McAlmont &Butler (1995)

スウェードを脱退したギタリスト、バーナード・バトラーもR&Bシンガー、マッカルモントと組んで、このシングルで全英シングル・チャートで最高8位のヒットを記録した。

15. Alright/Supergrass (1995)

若さ漲るスーパーグラスはデビュー当時から注目されていたが、全英シングル・チャートで最高2位を記録したこの曲は、おそらくブリットポップで最もキャッチーな曲かもしれない。

16. Girl From Mars/Ash (1995)

そして、同じくブリットポップ新世代的な感じであったアッシュのパンク・ポップも最高である。

17. Reverend Black Grape/Black Grape (1995)

マッドチェスターの立役者的バンド、ハッピー・マンデイズのショーン・ライダー、ベズなどを中心とした、底力のあるインディー・ロック・バンド。

全英シングル・チャート最高9位で、アルバムは1位であった。

18. The Changingman/Paul Weller (1995)

ソロ・アーティストとして完全に復活を果たした元ザ・ジャム、元ザ・スタイル・カウンシルのベテランは、モッドファーザーなどとも呼ばれ、若い世代からリスペクトされていた。

この曲を収録したアルバム「スタンリー・ロード」が全英アルバム・チャートで1位に輝いた。

19. Wonderwall/Oasis (1995)

この年の夏にはブラー「カントリー・ハウス」とオアシス「ロール・ウィズ・イット」といういずれも代表曲とはいえない2枚のシングルが同じ日の発売となったことにより、「バトル・オブ・ブリットポップ」と見出しもなった。その時の結果はブラーの勝利だったが、この曲の大ヒットあたりからそうでもなくなったような印象も受ける。後にアメリカでもトップ10入りした。

20. Slight Return/The Bluetones (1996)

ブリットポップではまだまだ次々と、優れた才能が世に紹介されていった。このザ・ブルートーンズもそのような好例であり、この曲で全英シングル・チャート、最高2位を記録した。

21. A Design For Life/Manic Street Preachers (1996)

失踪し行方不明となったメンバーを除く、3人組として再スタートしたマニック・ストリート・プリーチャーズは、この復帰第1弾シングルで全英シングル・チャート2位を記録した。

22. Trash/Suede (1996)

バーナード・バトラーが脱退した後のスウェードは曲調やサウンドがよりキャッチーになり、ブリットポップの雰囲気にもハマっていた。この曲は全英シングル・チャートで最高3位、アルバム「カミング・アップ」は1位に輝いた。

23. Beetlebum/Blur (1997)

ブラーは1997年にリリースされたセルフタイトルアルバムからの先行シングル「ビートルバム」をリリースし、全英シングル・チャートで1位に輝いた。しかし、曲の雰囲気はダウナーで、ペイヴメントなどアメリカのオルタナティヴ・ロックなどから影響を受けているのではないか、という気分にはなっていたと思われる。

24. Bittersweet Symphony/The Verve (1997)

美しいアンセム感が感じられもするこの曲で、ザ・ヴァーヴもついに全英シングル・チャートで最高2位を記録した。しかし、同じブリットポップにカテゴライズされている音楽だったとしても、数年前のそれらとは曲のトーンがかなり違っている。この年はこの曲を収録したアルバム「アーバン・ヒムズ」をはじめ、スピリチュアライズド「宇宙遊泳」、レディオヘッド「OKコンピューター」といった、よりシリアスな雰囲気のアルバムがウケはじめたようにも思える。オアシスもこの年にアルバム「ビー・ヒア・ナウ」をリリースしたが、クオリティ・コントロールが失われている感は明白であり、評価もそれほど高くはなかった。

25. This Is Hardcore/Pulp (1998)

憧れ続けていたポップ・スターに一度はなってはみたものの、やはり合っていなかったのかもしれない。とはいえ、前作がヒットした大物バンドという扱いに当時はもうすでになっていたため、新宿のヴァージンメガストアでも陰鬱なこの曲がプロモーションのため、定期的に何度も流れていた。アルバムは全英アルバム・チャートで1位、シングルは最高12位であった。暗くて重いがひじょうに内容が濃い作品であり、この頃にはブリットポップ人気はすっかり終息していたのではないかという認識はある。

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