テクノ歌謡で個人的に好きな曲TOP40

テクノ的な要素がある歌謡曲がテクノ歌謡、という解釈で良いのだろうか。1980年に社会現象的ともいえるYMOブームが訪れ、ヒカシュー、プラスチックス、P-モデルのテクノ御三家も含め、テクノポップがお茶の間化していく。

歌謡曲にはその時々の流行りの音楽を取り入れてきた歴史というのもあり、リズム歌謡、エレキ歌謡、ディスコ歌謡などがあったのと同様に、テクノが流行ればテクノ歌謡も出てくるのは必然、ということでもあったのだろう。

当時、テクノ歌謡というサブジャンル名が広く知れ渡っていたかというとそういった記憶はないのだが、確かに後にテクノ歌謡と呼ばれるような音楽は溢れていたし、当時、リアルタイムのポップ・ソングとして聴いていたものもわりと多い。

その後、時の流れと共に一般的には忘れ去られていったような印象もあったのだが、1999年にリリースされたコンピレーションCD「テクノ歌謡」シリーズによって、また光が当てられることになった。当時、この企画はひじょうに画期的であり、私もそのうちの何枚かを新宿のヴァージン・メガストアなどで買ったりもした。

それから約6年後に「イエローマジック歌謡曲」「テクノマジック歌謡曲」という、また別のテクノ歌謡のコンピレーションCDがリリースされ、「テクノ歌謡」シリーズの再編集盤かと思っていたのだが、実はまったく違ったらしい。

その翌々年に広島のローカルアイドル出身のPerfumeがテクノ歌謡的(といっても、80年代のテクノと00年代のテクノとが違っているように、テクノ歌謡という概念もまた然りである)ともいえるシングル「ポリリズム」をヒットさせ、ブレイクを果たす。これは当時の日本のポップ・ミュージック界に大きな影響を与え、テクノ歌謡的なものがさらに注目されるきいっかけになったとも思える。

それはそうとして、テクノ歌謡と呼ぶことができるポップ・ミュージックは黎明期以降、連綿とリリースされ続けているとは思うのだが、今回は80年代初めのテクノブームからリアルタイムで直接的な影響を受けたと思われる頃の曲のみを対象に、個人的に好きなTOP40を決めて、発表していきたい。

40. 星空サイクリング/ヴァージンVS

ヴァージンVSは「赤色エレジー」のヒットなどで知られる北海道留萌市生まれのベテラン・シンガーソングライター、あがた森魚がA児という名前でヴォーカルを務めるニュー・ウェイヴ・バンドである。この曲はテレビアニメ「うる星やつら」のエンディングテーマとして知られる、軽快でロマンチックなテクノポップである。

39. イマージュ[NAUFRAGE EN HIVER]/森尾由美

1985年リリースのアルバム「Euromantique」に収録された、MIKADOのカヴァー曲。フォトジェニックなルックスは最高なのだが歌唱力に難がああると認識されがちだったが、この曲にはかなりハマっている。個人的にはエンディング間際の「ランランランララン」というところの力の入っていない歌唱がたまらなく好き。

38. 恋するメトロ/三田寛子

1982年のデビュー当時は正統派美少女的なイメージと曲で知られていたのだが、どんどんキャラクターが変わっていった印象があるアイドル歌手。テクノ歌謡的には2枚目のシングル「夏の雫」を坂本龍一が編曲しているが、すっかり失速してしまいあまり知られていないような気もする1984年のこのシングルがピコピコしていてかなり好き。作曲・編曲はタケカワユキヒデである。それにしても、三田寛子はブレッド&バターの「ピンク・シャドウ」もカヴァーしていたりと、いろいろあなどれない。

37. ミスティ/桜田淳子

桜田淳子といえば秋田出身で耕運機のテレビCMに出ていたかと思えば、中島みゆきの切ない失恋ソングを歌っていたりもした。そして、この曲ではピンクのレオタードのようなものを着て歌っていたような気がする。とても良い曲だと思うのだが、オリコン週間シングルランキングでの最高位は53位で、ランクインしたのもこれが最後だったようだ。

36. ラムのラブソング/松谷祐子

テレビアニメ「うる星やつら」のテーマソングとしてあまりにも有名。主人公の男にばかり都合が良さそうな歌詞の内容はさておき、ポップ・ミュージックとしての強度には間違いがない。

35. Last Pretender/ピンク・レディー

解散直前の1981年にリリースされたシングルで、一度もテレビで歌われなかったらしい。作詞が糸井重里で、作曲が高橋ユキヒロである。

34. ニュアンスしましょ/香坂みゆき

香坂みゆきはサンミュージックで松田聖子の先輩だが実は年下、というのはまったくの余談として、化粧品のCMソングになった作詞・大貫妙子、作曲・EPO、編曲・清水信之のオリエンタルでとても良い曲。歌が上手い。

33. 哀愁のオリエント急行/つちやかおり

イントロのセリフからもう最高なのだが、哀愁味あふれるメロディーとシンセの音色、良い意味でのマイナー感もたまらない。作曲は筒美京平で、ロジック・システムとの競作でもあった。

32. ト・レ・モ・ロ/柏原芳恵

この曲を初めて聴いた時にはこれは新しいぞ、度肝を抜かれた。作詞・松本隆、作曲・筒美京平の黄金コンビの曲ではあるのだが、驚いたのは確か全てが打ち込みだという船山基紀のアレンジであった。

31. コズミック・サーフィン/コズミック・インベンション

テクノブームの申し子的なシンセを駆使する天才音楽少年少女集団とでもいうようなイメージのコズミック・インベンションによる、イエロー・マジック・オーケストラのカヴァー曲。あのお馴染みのインスト曲が「シュワシュワシュワシュワー、ショワショワショワショワー」などと歌われていて良かった。

30. まっ赤な女の子/小泉今日子

「花の82年組」の中で小泉今日子が本格的に頭角を現しはじめたのは、確か髪を短く切ってからなのだが、この曲にはその印象がひじょうに強い。あと、80年代の女性アイドル・ポップス、Tシャツを濡らしがち。

29. くちびるNetwork/岡田有希子

もちろんしばらく冷静な気持ちでは聴くことができなかった、1986年のNO.1ヒット。作詞・Seiko、作曲・坂本龍一、編曲・かしぶち哲郎のこの曲が世間的には岡田有希子の代表曲と見られがちなことに思うところがあったとしても、この曲はこの曲で可憐で素敵なテクノ歌謡である。

28. コンピューターおばあちゃん/酒井司優子

NHKの「あなたのメロディー」に投稿され、採用された曲でオリジナルはコズミック・インベイジョンが歌っていた。東京放送児童合唱団に所属する酒井司優子が歌ったヴァージョンは坂本龍一が作曲、演奏したもので、「みんなのうた」でヘヴィー・ローテーションされた。1981年の作品である。

27. チャイナローズ/金井夕子

尾崎亜美が作詞・作曲した「パステル・ラヴ」でデビューした金井夕子が、1980年にテクノ歌謡化した時のシングル。作曲・細野晴臣、編曲・細野晴臣、坂本龍一によるオリエンタルムード漂う楽曲。個性的な声質とも絶妙にマッチしている。

26. デジタラブ/フィーバー

キャンディーズの後釜的存在としてバラエティー番組でコントなどもやっていたフィーバーが、1980年にリリースしたテクノ歌謡。作詞・糸井重里、作曲・鈴木慶一、編曲・難波弘之。とても楽しい曲。

25. Wa・ショイ!/堀ちえみ

ボイスサンプリングを多用するなど、当時としては多彩なアイデアが満載のノベルティーな音頭。作詞・鈴木博文、作編曲・白井良明で、後にテンテンコがカヴァー。

24. まりン/飯島真理

「超時空要塞マクロス」のリン・ミンメイ役の声優としてデビュー前からアニメファンには人気があった模様。ヒットした「愛・おぼえていますか」が有名だが、テクノ歌謡的には坂本龍一プロデュースのデビュー・アルバム「ROSE」から「まりン」が最高。東急ハンズで購入したピエロの人形のことが歌われているようだ。

23. 赤道小町ドキッ/山下久美子

ライブハウス、新宿ルイードで「総立ちの久美子」などと呼ばれていて、佐野元春とも仲が良かった印象がある。化粧品のCMに使われたこの曲が82年に大ヒットし、元気溢れるパフォーマンスがテレビからお茶の間にも流れた。本物の象に乗っていたのは、一体、何だったのだろう。作曲・細野晴臣、編曲・大村憲司。

22. すみれSeptember Love/一風堂

一風堂はニュー・ウェイヴ・バンドなので、これをテクノ歌謡と呼んでよいのかどうかは定かではないが、化粧品のCMに使われヒットして、「ザ・ベストテン」などにもよく出演していたりと、受容のされ方は完全に流行歌のそれであった。「よい子の歌謡曲」の元編集長、梶本学が横山やすしの番組に出演した際に「歌謡曲いうのはどういうことや。流行歌かいな」というなことを言われたのに対し、「それ。いいですね」というように返していたような気がするので、それで良いのかもしれない。

21. 恋はルンルン/伊藤つかさ

いま思う1981、2年ぐらいにおける伊藤つかさの受容のされ方というのはなかなか危険だったのではないかという気がしなくもないのだが、もうとうの昔に過ぎたことではあるので無かったことにすることもできるのではないか。しかし、仲畑貴志・作詞、坂本龍一・作編曲のこの曲などを聴き返すと、その記憶がまざまざと思い出されもする。かさぶた剥がし的な快感も含めて、この辺りの順位に配置しておきたい。

20. 夢・恋・人/藤村美樹

元キャンディーズのメンバーだった藤村美樹が1983年にリリースした作詞・松本隆、作編曲・細野晴臣のソロ・デビュー・シングル。カネボウ化粧品のCMにも使われた。キャンディーズに対しては曲は好きだったのだが、あくまで年上の大人の人達という印象だったのだが、高校生の頃にこの曲を聴いて急に生々しく感じられ、よく分からない気まずさを覚えたりしたのだった。こういう大人の恋みたいな世界に当時、憧れたりもした。

19. 天国のキッス/松田聖子

80年代の松田聖子というのは何を出してもほぼ売れるというぐらいのアーティストパワーを誇っていたわけだが、細野晴臣のシングル曲などを聴くといろいろ実験的なことをやっていたのだな、と思わされるところもある。83年の春から夏にかけては、かなりわくわくする気分に満ち溢れていた記憶が個人的にもあり、この曲にもほとんど肯定的な感情しか湧かない。いつかの「ミュージックフェア」でこの曲をカヴァーした時の道重さゆみのパフォーマンスが神がかっていた。

18. ROBOT/榊原郁恵

郁恵ちゃんスマイルといって、榊原郁恵というのはこの世のポジティヴィティーを結晶化したような存在だと感じていたのだが、「ザ・トップテン」で司会の堺正章が使っていたトントンという愛称、また、ランキングの上下を表すアイコンが豚のアイコンだったことはいかんともしがたい。それはまあ良いのだが、ニューミュージック全盛の70年代後半はフレッシュアイドルにとって受難の時代だったが、それでも石野真子や榊原郁恵はとても健闘していたのではないか。80年代に入って間もなくリリースされたのが、テクノ歌謡はこの曲からはじまったなどと言われることもある筒美京平・作曲、船山基紀・編曲の「ROBOT」である。オリコン週間シングルランキングでの最高位は22位だが、テクノ歌謡というサブジャンルの歴史を考える場合、この順位以上にその価値は高いようにも思える。

17. 21世紀まで愛して/水谷麻里

「21世紀まで愛して」と歌われた後の「イェイイェイ」がとにかく、やたらと良い。1986年のデビュー・シングルで、歌詞にワープロが出て来たり、曲がテクノ歌謡であるにもかかわらず、「デジタルばかりじゃつまらない」「アナログでキスして」などと歌われているのも良いものである。

16. 風の谷のナウシカ/安田成美

こう見ていくと当時のテクノ歌謡というのは、アニメともひじょうに親和性が高かったのだな、という気分にはなる。ちなみに当時、アニメとロックなどポップ・ミュージックのファンとの間には現在よりもずっと高い垣根があった印象があり、私もそっち側のジャンルにはほぼ手を出していなかった。これもまたアニメ映画絡みで、細野晴臣がかかわっていることぐらいしかよく知らなかった。しかし、このフラットな歌声とサウンドの組み合わせはなかなか面白いな、とも感じていた。

15. エレクトリック・ラヴ・ストーリー/近田春夫

歌謡曲を批評的に聴く楽しみを当時、小学生だった私に教えてくれたのは間違いなく「近田春夫のオールナイトニッポン」だったのだが、そういった訳でハルヲフォンの曲や「ロキシーの夜」などには聴き覚えがあったのだが、この曲はリアルタイムで聴いた記憶がなかった。金曜一部に移動して、コッペとの2人体制になってからあまり聴かなくなったからかもしれない。それはそうとして、この曲がリリースされたのは1979年4月21日で、イエロー・マジック・オーケストラはすでにデビューして、最初のアルバムもリリースされていたのだが、テクノブームはまだ起きていない。このタイミングでイエロー・マジック・オーケストラを編曲に起用していた近田春夫はやはり時代の先を行っていたのだろうか。

14. 宇宙人ワナワナ/アパッチ

ピポパピポー~と加工されたコーラスやテレビゲームやアニメーションの効果音を思わせるユニークなサウンドが満載の楽しいテクノ歌謡である。作曲・編曲はムーンライダーズ、ティン・パン・アレーでの活動などで知られる矢野誠。

13. ユー・メイ・ドリーム/シーナ&ザ・ロケッツ

私が1980年の夏に買ったシングル盤のジャケットにはシーナ&ロケットと書かれているのだが、場合によってはシーナ&ザ・ロケットだったりシーナ&ザ・ロケッツだったり、いまだに正解がよく分かっていない。それはそうとして、この曲は1979年にはリリースされていたのだが、翌年に日本航空のCMに使われてオリコン週間シングルランキングで最高20位のヒットを記録した。福岡出身のロックンロール・バンドだが、この頃はアルファレコード所属だったり、細野晴臣がかかわっていたりで、テクノ/ニュー・ウェイヴ系のバンドだと思われていることもあった。

12. 夏色のナンシー/早見優

個人的な話をすると「花の82年組」では松本伊代と早見優が好きで、早見優についてはファンクラブにも入っていた。どこが好きだったかというといろいろあるのだが、特に帰国子女で英語が得意なところがとても良かった。しかし、シングル曲はどんどん辛気臭い方向に行っていて、本来のポテンシャルがまったく生かせていないのではないかと憤りを覚えていたところに、コカコーラのCMソングでもあるこの曲のリリースである。これは良い、と思ったところちゃんと売れたので本当に良かった。最近では日清シーフードヌードルの「ほぼイカ」とかいうやつのCMにこの曲の替え歌が使われていて、「イカかな?YES!イカじゃない!YES!」などとアニメーションのバックで流れているのだが、最後にシーフードヌードルをすする早見優が登場するという素晴らしい内容である。

11. 禁区/中森明菜

イエロー・マジック・オーケストラの「過激な淑女」は細野晴臣が中森明菜のために書いたがボツになった曲がベースになっている、などといわれている。それで、採用になったのがこの曲なのだろうか。それでも、当時の超売れっ子アイドルの新曲としてはかなり攻めている方なのではないか。テクノ的なシンセベースやシンセドラムと歌謡曲的なコーラス、中森明菜の記名性の高いヴォーカルとのバランスが絶妙でとても良い。

10. ひょうきんパラダイス/ひょうきんパラダイス

いや、これはやっぱり順位が高すぎるのではないか。フジテレビのバラエティー番組「オレたちひょうきん族」のディレクター達が軽いノリでリリースしたようなシングル。この軽さがたまらなく良く、アンダーグラウンドな文化としてではなく、大衆音楽としてのテクノ歌謡の本質を表しているような気もする。ゲーハー佐藤こと佐藤義和ディレクター(当時)が昨年暮れに逝去している。

9. ジェニーはご機嫌ななめ/ジューシィ・フルーツ

80年ぐらいの日曜の昼に「HOT TV」という鈴木ヒロミツが司会の番組が放送されていて、近田春夫も何度か出ていたはずである。バックバンドのBEEFだった人たちがジューシィ・フルーツになったのだろうか。テレビ番組にもよく出演していたが、曲もルックスもたまらなくクールだと思って見ていた。「ワッシュワリワリ」というコーラスは真似したくなる。間奏のギターがどこか切なくて良い。

8. Romanticが止まらない/C-C-B

85年の2月に東京の大学を受験するため、品川プリンスホテルに泊まっていた時に、部屋のテレビで観たドラマ「毎度おさわがせします」でこの曲を知った。ハイトーンヴォイスのドラマー、笠浩二をリードヴォーカルにというアイデアは作曲をした筒美京平によるものだったという。カラオケで誰かがこの曲を歌っている時に、「切なさは」の後でタイミングよく「フー!」と入れられるとかなり気持ちが良い。

7. い・け・な・いルージュマジック/忌野清志郎+坂本龍一

1982年のオリコン週間シングルランキングで1位に輝いた、化粧品のCMソング。CMポスターのコピーは、糸井重里ではなく仲畑貴史である。「ビックリハウス」「宝島」的なカルチャーが遂にメインストリームになった気がしたような瞬間である。プロデューサーはシティ・ポップと「渋谷系」とを結ぶ牧村憲一で、著書の「ニッポン・ポップス・クロニクル 1969-1989」にはこの曲をめぐるとても面白い逸話の数々が記録されてもいる。

6. 俺は絶対テクニシャン/ビートたけし

フジテレビで「THE MANZAI」がスタートし、漫才ブームが本格化したのが80年で、翌年の元旦から「ビートたけしのオールナイトニッポン」がはじまった。ブームに便乗するかたちで当時の漫才師達もレコードをいろいろ出したりもしたが、オリコン週間シングルランキングで2位を記録したザ・ぼんち「恋のぼんちシート」を除いてはそれほど売れなかった。この曲も番組内で様々な情けないキャンペーンを実施(街で見かけて「有線」と声をかけたら10円をあげるので、それでリクエストするように、など)するが、それほどヒットしなかった。しかし、テクノポップをモチーフにブラックジョークやカジュアルな下ネタ(ヘンリー・ミラー「南回帰線」を下ネタと認識しているところがまた、ビートたけしらしいところである)を交えた楽しい楽曲になっている。作曲はエンケンこと遠藤賢司、作詞は来生えつこなのだが、「ピコピコ パコパコ スコスコ キンキン」などという歌詞を真面目に書いていたのだろうか。

5. 君に、胸キュン。/イエロー・マジック・オーケストラ

空前のテクノブーム以降、メンバーは作家として歌謡界にも本格的に進出し、ヒットチャートにはテクノ歌謡がいくつもランクインするようになった。テクノブームそのものはすでに下火になっていて、「高橋幸宏のオールナイトニッポン」ではテクノブームは業界では無かったことになっているという自虐的な発言を受けて、新しい言葉の意味を考えるというようなコーナーには、「テクノる」という言葉の意味として「無かったことにされること」というような投稿が届いたりしていた。

そういった訳で、テクノポップの本家、イエロー・マジック・オーケストラ自身がテクノ歌謡をやってしまったというのがこの曲で、化粧品のCMにも使われ、オリコン週間シングルランキングで最高2位のヒットを記録した。1位を阻んだのは細野晴臣が作編曲したこれもまたテクノ歌謡の松田聖子「天国のキッス」であった。

4. 春咲小紅/矢野顕子

矢野顕子のことをYMOのライヴでキーボードを弾いている女性として最初に認識した人は、わりと多かったのではないか。当時、イエロー・マジック・オーケストラのライヴはテレビでもわりと放送されていて、お茶の間がアクセスするハードルもなかなか低いものであった。今回、この表現を使うのはもうこれで何回目かと思ってしまうのだが、この曲もまた化粧品のCMに使われ、オリコン週間シングルランキングで最高5位のヒットを記録した。作詞・糸井重里、作曲・矢野顕子、編曲のymoymoymoはイエロー・マジック・オーケストラである。

3. ハイスクールララバイ/イモ欽トリオ

テクノ歌謡が「THE MANZAI」「オレたちひょうきん族」的な感覚となんとなく親和性が高かったのではないかということはなんとなく感じているのだが、当時のテレビバラエティーで年齢層を問わずにバカウケだったのは欽ちゃんこと萩本欽一であろう。週に何本もある冠番組の視聴率を合算すると100%を超えることから、「視聴率100%男」などとも呼ばれていた。それほど知名度がない芸能人を番組で使い、ブレイクさせることも少なくはなく、「欽ドン良い子悪い子普通の子」に出演していた山口良一、西山浩司、長江健次から成るイモ欽トリオもまた、その好例であった。

作詞は松本隆で作編曲が細野晴臣、イエロー・マジック・オーケストラの高度なパロディーのような楽曲で、テレビのパフォーマンスにもそのような要素が見られた。グループ名はジャニーズ事務所のたのきんトリオのパロディー、垢抜けない様を表す「イモ」という言葉の他に。「YMO」をそのまま読むと「イモ」とならなくもない、ということもあったのだろう。オリコンシングルランキングでは週間で7週連続1位、年間4位の大ヒットを記録した。

2. ねらわれた少女/真鍋ちえみ

「花の82年組」という言葉があるように、1982年には大勢の女性アイドルがデビューを飾った。とはいえ、もちろんそのうちの誰もが大きな成功を収めた訳ではない。

オスカープロモーションの北原佐和子、真鍋ちえみ、三井比佐子はそれぞれソロのアイドルとしてデビューしたが、3人合わせてパンジーとしてもプロモーションされていた。主演映画「夏の秘密」は、ビートたけしの初出演作でもある(役はラーメン屋の店主であった)。

真鍋ちえみは細野晴臣が作編曲した「ねらわれた少女」でレコードデビューした。オリコン週間シングルランキングで最高91位と大きなヒットにはならなかったが、そのクオリティーに対する評価は一部でひじょうに高く、高校時代の私も投稿していた伝説のミニコミ誌「よい子の歌謡曲」でも大絶賛されていた。テクノ歌謡再評価後もアルバムが再発されるなど、サブジャンルのシグネチャー的な楽曲としての評価は定着しているように思える

1. ハートブレイク太陽族/スターボー

性別不詳で宇宙から来た3人組という設定であった、スターボーもまた82年にデビューしたアイドルである。このようなコンセプトでもあったので、メディアにはわりと取り上げられていたように思える。当時、地方都市の高校生だった私でも知っているレベルである。しかし、曲は実は聴いたことがなかった。話題にはわりとなっていたにもかかわらずである。

高校を卒業して東京で一人暮らしをはじめた頃、それほどメジャーではないアイドルをフォローする上で、東京と地方とではやはりギャップがあるなということを強く感じた。現在のようにインターネットも無い時代なので、余計にそう感じた。志賀ちゃんこと志賀正浩が司会の「おはようスタジオ」などを観ているだけでもそう感じていた。

スターボーは当初のコンセプトでそれほど売れなかったので、すぐに普通の女性アイドルグループに路線変更したようなのだが、翌年6月のシングルを最後に活動を終了したようだ。

2002年のある日の深夜に有線放送をつけながら一人で仕事をしていると、やたらと湯ユニークな曲が流れた。80年代を思わせるシンセサウンドで、女性ヴォーカルだアイドルのような可愛らしい歌い方ではない。歌詞は「俺から不良になっちまう」とか「熱いぜ太陽の季節」とか男言葉である。メロディーにも妙に中毒性があり、この曲は一体何なのだと思って有線放送のホームページで調べたところ、それこそがスターボーのデビュー・シングル「ハートブレイク太陽族」であった。

オリコン週間シングルランキングでの最高位は98位だったようである。作詞は松本隆、作編曲は細野晴臣なのだが、松本隆はこの曲についてまったく記憶がなく、「思い出したくない、早く忘れようっていう自己防衛本能が働いているんだよ」とまで語っているようだ。

リリースから20年が経って、偶然にも初めて聴いたこの曲が欲しいと強く思い、買うことができたのが「テクノ歌謡」シリーズのポリドール編であった。

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