1981年の全米シングル・チャートで1位に輝いたアーティスト15組。

1981年の全米シングル・チャート、この場合、Bilboard Hot 100では15組のアーティストによる17曲が1位を記録した。音楽専門のケーブルTVチャンネル、MTVが開局したこの年だが、まだヒット・チャートには影響を及ぼしてはいないのではないだろうか。日本ではテレビ朝日系で「ベストヒットUSA」の放送がスタートし、海外アーティストの映像を観ることが少しずつ普通になっていった。

John Lennon

1980年12月8日、ニューヨークの自宅マンション前で凶弾に倒れたというニュースは世界中を悲しませた。5年ぶりのアルバム「Double Fantasy」からの先行シングル「(Just Like) Starting Over」は新しい始まりを告げるようなロッカバラード調の曲で、年末から年始にかけ5週連続で1位を記録した。「ベストヒットUSA」の第1回放送分ではジョン・レノンの「Woman」が1位に輝いたが、Billboard Hot 100では2位止まりであった。「Double Fantasy」からは他に「Wathing the Wheels」が最高10位を記録している。

Blondie

ブロンディのアルバム「Autoamerican」からジャマイカのグループ、The Paragonsのカバーでもあるレゲエ調のラヴ・ソング「The Tide is High(夢みるNo.1)」が1週のみ1位。後に同じアルバムからラップを取り入れた「Rapture」が2週連続で1位を記録している。70年代後半にニュー・ウェイヴとディスコ・ポップを融合させたような曲をヒットさせたブロンディは、ここでもポップ・ミュージックの新しい可能性を追求しているようだ。

Kool & The Gang

70年代にはよりファンキーな音楽をやっていたクール&ザ・ギャングは、いまやパーティー・ソングの定番となった「Celebration」で2週連続の1位を記録した。この後は「Joanna」「Cherish」といった甘いバラードも含む数々のヒット曲を連発し、全米ヒット・チャートの常連になっていった。

Dolly Parton

ホイットニー・ヒューストンが映画「ボディガード」の主題歌として大ヒットさせた「I Will Always Love You」のオリジナルも歌っていた大物カントリー・シンガーである。自身も出演したコメディー映画「9 to 5 (9時から5時まで)」の主題歌で連続しない計2週にわたって1位を記録した。

Eddie Rabbitt

次もまたカントリー・シンガーで、「I Love a Rainy Night (恋のレイニー・ナイト)」が2週連続で1位を記録した。当時はカントリー音楽のことを日本でいうところの演歌みたいなものなのだろうと思っていたのだが、やはりそんなことはないということに段々気がついていった。

REO Speedwagon

この年の年間アルバム・チャートで1位に輝いた「Hi Infidelity(禁じられた夜)」からシングル・カットされたこの曲も1週だけ1位を記録した。「ロッキング・オン」の渋谷陽一が「産業ロック」などと呼んでいたタイプの音楽で、80年代のパワー・バラードを代表する1曲でもある。

Daryl Hall & John Oates

70年代にも「Rich Girl」「Sara Smile」などをヒットさせていたが、1981年から1984年にかけては5曲のNO.1ヒットを記録するなど絶好調であった。この年は「Kiss On My List」と「Private Eyes」、翌年の1月には「I Can’t Go For That (No Can Do)」で1位に輝いた。親しみやすいポップな楽曲と、ブルーアイド・ソウルなヴォーカルが日本のポップスファンにも分かりやすくウケていた。

Sheena Easton

イギリスや日本では「モダン・ガール」がヒットしていたが、アメリカでは「Morning Train(Nine to Five)」が1位に輝いた。イギリスBBCテレビで放送されたドキュメンタリー番組がきっかけでブレイクしたらしく、シンデレラガールのように見られていたり、日本では東芝EMIがやたらとプッシュしていた印象がある。

Kim Carnes

ケニー・ロジャースとのデュエット曲をヒットさせるなど、カントリー歌手的のような印象もあったが、シンセサイザーのサウンドとニュー・ウェイヴ的なフィーリングが特徴的な「Bette Davis Eyes (ベティ・デイビスの瞳)」で連続しない計9週にわたるヒットを記録した。ハスキーな声質であることから女性版ロッド・スチュワートなどと書いているメディアもあったような気がする。ジャッキー・でシャノンが1975年にリリースした曲のカヴァー・ヴァージョンである。

Stars On 45

オランダのスタジオ・ミュージシャン達によるビートルズのカヴァー・メドレー、「Medley」が1週、1位を記録した。イントロにショッキング・ブルーの「Venus」が使われていたことから、日本では「ショッキング・ビートルズ45」のタイトルでリリースされた。スターサウンズ、スターズ・オンなど、国によってアーティスト名が異なっていた。

Air Supply

1981年は田中康夫の「なんとなく、クリスタル」が出版された年でもあり、日本の若者の間ではAORがお洒落とされてもいた。甘いメロディーとハイトーンヴォイスが親しみやすく、音楽通にはそれほどでもないが、AOR好きの女子大学生などにはひじょうに人気があるとも言われていたエア・サプライである。全米シングル・チャートで1位を記録した「The One That You Love」には「シーサイド・ラブ」という邦題が付き、アルバム・ジャケットも日本盤だけより明るい色合いに変えられていた。

Rick Springfield

Air Supplyに続き、オーストラリア出身のアーティストである。ルックスが良いので役者としても人気があったようだが、友人の恋人を好きになってしまったという絶妙に微妙な状況をテーマにした「Jessie’s Girl」で2週連続1位を記録した。「ベストヒットUSA」でライヴ・パフォーマンスが放送された時に「Where can I find a woman like that?」というところに「あんな女がどこにいる?」と字幕が付けられていたのだが、あまりにそのまま歌えすぎて気持ち良かったことを覚えている。この曲を収録したアルバム「Working Class Dog」の犬がワイシャツを着たようなジャケット写真も印象的であった。

Diana Ross & Lionel Richie

まだコモドアーズのメンバーでもあったライオネル・リッチーがダイアナ・ロスとのデュエットでリリースした、映画「エンドレス・ラブ」の同名主題歌で8月15日付から10月10日まで、9週連続の1位を記録した。タイトルの通り永遠の愛を誓い合うラヴ・バラードで、1994年にはルーサー・ヴァンドロスとマライア・キャリーにによってもカヴァーされている。

Christopher Cross

「なんとなく、クリスタル」の主人公、由利が神宮前四丁目のマンションでデビュー・アルバム「Christopher Cross (南から来た男)」を聴いていたのは1980年6月であった。当時はまだ知る人ぞ知るような存在だったかもしれないが、その後、クリストファー・クロスは大ブレイクし、1981年のグラミー賞では主要4部門を独占したことでも話題になった。美しいハイトーンヴォイスはクリスタルな女子大学生達にも人気だったと思われるが、なぜかその姿を公表しないままであった。コメディー映画「ミスター・アーサー」のテーマソングであった「Arthur’s Theme (Best That You Can Do)」はクリストファー・クロスとバート・バカラック、キャロル・ベイヤー・セイガー、ピーター・アレンの共作曲であり、全米シングル・チャートで3週連続の1位に輝いた。日本では「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」の邦題でリリースされ、オリコン週間シングルランキングで最高17位を記録している。

Olivia Newton-John

70年代半ばには「カントリー・ロード」「ジョリーン」などが日本でもヒットし、清純派のイメージも強かったオリヴィア・ニュートン・ジョンが映画「グリース」「ザナドゥ」などを経てリリースしたセクシー路線のディスコ・ポップ「Physical」が10週連続1位を記録した。これはこの時点では、1977年のデビー・ブーン「You Light Up My Life (恋するデビー)」と並ぶ最長タイ記録であった。当時のアメリカの健康志向、ワークアウトブームにもマッチしていたように思える。この曲がずっと1位だったために、フォリナーの「Waiting for a Girl Like You」は10週連続2位を記録したが、結局1位にはなれなかった(フォリナーの10週目の2位の週にオリヴィア・ニュートン・ジョンは1位から陥落したが、その週にはダリル・ホール&ジョン・オーツが1位になったのであった)。

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